「岩木さん!」
声をかけると、岩木さんは振り向いた。
メガネの奥の一重の目が、あたしを捉える。
「…菅原さん?」
「ずっと聞きたかったんだけど、なに読んでるのー?」
いつも読んでいる本を会話の糸口にすればいいかと思い、それを指差す。
岩木さんは、「菅原さんが知ってるかは分からないけど」と前置きして言った。
「罪と罰。人間性がテーマの物語で、難しいけどおもしろい」
「へー!名前だけは聞いたことあるけど、そういう物語なんだ!たしかにおもしろそう」
嘘だ。
罪と罰なんて初めて聞いたし、おもしろそうとか以前に全部を読むのは無理だ。
岩木さんが見ているページは小さな文字で埋め尽くされているし、挿絵なんか絶対にないだろう。
これをおもしろいとか言えるとか、正気……?
岩木さんの人間性のほうを疑いつつ笑顔で言うと、示し合わせたかのように予鈴が鳴る。


