月曜の放課後。一条は保健室にいた。二日徹夜した上に肩はバキバキ、頭も目も痛くてとても授業なんて受けられなかった。
朝イチで奴の机に突っ込んでおいたネームは、もう目を通されただろうか。
教室の扉を開けると、西日が差し込む窓際に羽柴がひとり立っていた。右手には、一条のノートを持っている。
「よぉ、一条」
「……おう」
「漫画、読んだよ」
「……そうかよ」
「異世界もチートも美少女も出てこなかったな。トレンドを意識しないと賞は狙えないって言ってなかったか?」
「……トレンドを作る側になるんだよ、俺は」
「……この主人公さ、お前が前に言ってたのと全然違うじゃん。IQ200の多重人格はどこ行ったんだよ」
「お前の言った通り、俺がかっこいいと思ったものを詰め込んだんだよ」
一条は渾身のドヤ顔を見せた。
「どうだ? 最高にかっこいいだろ、この主人公」
「は……」
羽柴はたぶん笑おうとしたんだと思う。無理やり口角を上げたせいで、笑顔の形を保てずに崩れて俯いた。足元にぽたりと落ちた水滴は、男の情けで見なかったことにしてやった。
「……俺も、その主人公、好きだよ。すげー好き」
「当たり前だろ。俺がかっこいいと思うものを、全員にわからせてやるつもりで描いたんだ」
「はは……やっぱすげぇなぁ、先生は」
「まだ先生じゃないっての」
十四歳の天才が描いた漫画は、悔しいけど歯ぎしりするくらい面白かった。
どんなに追いかけたって、ボールは友達になってくれないこともある。
いつだって上には上がいるし、漫画のような奇跡はそう簡単に起こらない。
「なぁ、俺さ。サッカーは高校までのつもりだったんだ」
「……」
「でも、やっぱそれやめた。俺、実はめっちゃサッカー好きなんだよね」
「知ってるっつーの」
「そんで、サッカーと同じくらい、お前も、お前の漫画も好きだよ」
「な……馬鹿じゃねぇの」
咄嗟に顔が熱くなる。それを見て、羽柴は顔をくしゃくしゃにして笑った。
あかぬけた茶髪が、夕暮れに溶け込んできらきらと光っている。
まばゆいものを見るように細める目が、まっすぐに一条を見つめていた。
もともと、陽キャは嫌いだった。声はでかいし、女子にモテるところもムカつく。
でも、好きか嫌いかで言うなら、羽柴和也のことは――
「これからも読ませてくれよ、お前の漫画。一番最初に俺が読みたい」
「……じゃあ、ネタ探し、お前も付き合えよな」
「お、いいね。どっか行くか、ふたりで」
ところで、一条の渾身の作品がその後どうなったかと言うと、なんと審査員に大絶賛され即デビュー決定……とはならなかった。
あれだけ精魂を注いで描き上げたというのに、世の中はそう甘くない。
しかし、あながち無情なばかりでもないらしい。
新人賞結果発表欄の一番下に、小さく記載されたペンネーム。
審査員からのコメントは、こう書かれていた。
【あと一歩で賞】
『講評:泥臭い主人公がかっこいい。主人公が負けて終わる展開はややカタルシスに欠けるものの、前向きな着地には好感がもてる。今後に期待。』
先生の次回作にご期待ください <了>
