五月に入ってから、放課後に羽柴が教室へやってくることはなくなった。
別に喧嘩した訳ではない。インターハイの県予選が近く、練習時間が伸びて時間が合わなくなっただけだ。
教室の窓からグラウンドを見下ろすと、今日も羽柴は声を張り上げながら走り回っている。
――趣味とか言いながら、ずいぶん熱が入っているじゃないか。
一条はサッカーには詳しくない。傍から見て、羽柴がセンスがあるのかどうかなんて判別つかないが、少なくともエースを背負うだけの実力はあるように見えた。
「よう、なんか久しぶりだな」
「お前が来ないからだろ」
「悪い悪い。練習が長くってさぁ」
「何が趣味だよ。窓から見てたけど、完全に熱血主人公ムーブしてたぜ」
皮肉交じりに言うと、羽柴は「なんだよ、見てたのか」と照れ臭そうに頭を掻いた。
「いつだよ、試合」
「え?」
「観に行ってやる。漫画のネタになるかもしれないし」
「おいおい、異世界ものを描くんじゃなかったのか?」
「うるさいな、いつかスポーツ漫画も描くかもしれないだろ」
ぶっきらぼうな言いぐさが照れ隠しだと気づいたのか、羽柴は肩を竦めて「来週の土曜。一回戦」と答えた。
「でも、期待すんなよ? 漫画と違って地味だぞ。大地が割れたり空飛んだりしねーし」
その言葉に思わず吹き出してしまい、一条は悔しくなって羽柴の肩を軽く小突く。もやしっ子のへなちょこパンチなのに、羽柴は大げさに「痛い痛い」と笑い声をあげた。
土曜日は快晴だった。
市内の総合運動公園サッカー場は、思ったより人はまばらだ。選手の家族らしき人たちが、間隔を空けて散らばるように座っている。
一条は最上段の一番隅に腰を下ろすと、鞄からスケッチブックとシャーペンを取り出した。
やがてピッチの方から、あのでかい声が聞こえてくる。真剣な目つき。放課後の教室で穏やかに笑っている男とは、まるで別人のようだった。
ホイッスルが鳴り、試合が始まる。
サッカーのルールなんてオフサイドくらいしか知らない一条でも、グラウンドを駆け回る羽柴は眩しかった。
思わず、心の中で舌打ちする。
――嘘つきめ。何が趣味だ。何が地味だ。謙遜しやがって!
スケッチをするのも忘れ、一条はただただ試合に見入っていた。次に会ったら、このことを絶対いじってやろうと心の中で決めながら。
