結局、昼休みは何も描けなかった。放課後の誰もいなくなった教室で、もう一度ノートと向き合う。
静かな環境であれば何かひらめくかと思ったが、創作の神はそんなに甘くないようだ。
「あれ? 一条、まだ残ってたのか」
前方の扉から、羽柴が顔を出した。制服ではなくサッカーのユニフォームを着ている。
「いやぁ、タオル忘れちゃってさ」
聞いてもいないのにわざわざ説明しながらこちらに近づいてくる男。
一条は無言のままノートを閉じる。
「それ、昼も見てたよな。漫画?」
「……関係ないだろ」
こいつらの生態は知っている。きっとノートを無理やり取り上げて、「オタクくんが何か描いてるよ~」とか言いながら馬鹿にするんだ。
そんなことをされて、未来の漫画家がぽっきり筆を折ってしまったらどうしてくれる。オタクは繊細なんだ。
しかし意外なことに羽柴は、無理に中を覗こうとはしなかった。
「お前、漫画家目指してんの?」
「……だったら悪いかよ」
「悪くねぇよ。すげぇじゃん」
素人が、と一条は内心で笑った。
目指してるだけなら、何もすごくない。賞を取って、読み切りが掲載されて、連載されて、はじめてすごいのだ。
「夢がある奴って、かっこいいよな」
思ってもみなかった言葉に、一条は目を瞬いた。皮肉だろうか、と表情を盗み見ても、そこに嘲笑の色は感じられない。
ただただ純粋に、羨むような、どこか眩しそうな目で、閉じられたノートを見つめている。
「……お前だってサッカーがあるだろ」
思わず口をついてしまった言葉。羽柴は痛いところを突かれたみたいに眉を下げて笑う。
「別にプロ目指してるわけじゃないからなぁ。うちの高校ならそうだな、県ベスト8に入れればお祭り騒ぎってところか」
そう言いながら、窓の外に目を向けた。グラウンドではまだ部活の声が響いている。
「まぁ、サッカーは夢っていうか趣味みたいなもんかな」
そういうもんか。一条はよくわからなかったが、羽柴がそう言うならそうなんだろうと、それ以上深く聞かなかった。
「でも、お前は本気でプロ目指してるんだもんな。すげーよ。応援してるぜ、一条先生」
「……先生って呼ぶな」
