スカッと晴れた初夏の空。夕方が近づいても、太陽はなかなか沈まない。
この爽やかな空に呼応するように、順子の足取りは軽い。順子は、久々の誠と二人でのお出かけに心を躍らせていた。
「今日の天気はライブ日和だね」
「うん」
穏やかな海風を浴びながら、二人で並んでライブ会場へ向かう。順子は自分の横を歩く誠の方を見やった。
大学生と中学生の二人の身長は、順子の方が少しだけ高い。でも、数年後にはきっと抜かされてしまうだろう。
その想像は順子にとって寂しくもあったが、不思議なことに胸をキュンと跳ねさせもした。
「雨じゃなくてよかったよ。まあ、屋内だからライブには影響ないけど、駅からここまで割と遠いし」
「ああ、うん」
憧れのマイカのライブ。誠は高揚しつつも、初めての体験に緊張を隠せない。
会話はできているが、周りをキョロキョロとしていて、その返事には気持ちが入っていない。
二人の周囲には、同じ方向に歩いている人たちが何人もいる。
彼らはマイカのロゴが入ったTシャツを着て、マイカのタオルやトートバッグを身に着けている。明らかに、ライブの観客だ。
誠と順子は、何の変哲もないシャツとズボンの服装だった。周囲から浮いているわけではないが、見るからに気合の入ったファンを目の前にして、誠は少し気後れしていた。
順子は、そんな誠の気持ちを見透かしていた。耳元でそっと囁く。
「前にいる人のTシャツ、あれって去年のツアーグッズだよね。私たちも、会場に着いたら物販を見よう」
誠の目が、その人の背中に釘付けになる。返事はなかったが、きっと心の中でグッズへの憧れを燃やしているところだろう。
順子は、そんな誠のことを愛でるように見つめた。
会場へ着くと、マイカのファンたちの人いきれを感じた。もちろん、自分たちもその仲間だ。会場の空気を吸い込むと、自分たちもその熱気の一部になったような気がした。
二人はさっそく物販の待機列に並ぶ。
「まだ売り切れてないって」
誠はスマホの画面を睨みつけている。公式SNSアカウントの告知を見ながら、何を買おうかと迷っている。
「ペンライトとタオルはマストなんだけど、ツアーTシャツも外せないし、アクスタも缶バッジも欲しい、てかなんでこれランダムなの、いやそもそもペンライトの時点でお金が……」
誠は一人で迷宮に迷い込んでしまった。
ペンライトは確かに必須だな、と順子は思った。ライブの演出に連動して色が変わるペンライト。あれがあるのとないのとでは、きっとライブでの一体感は大違いだろう。
しかし、ライブ連動機能のおかげか、お値段もそれなり。中学生には痛い出費だ。
「ああ、お年玉とっとけばよかった、くそっ……」
「ねえ」
順子は、ここぞとばかりに甘い声を出した。
「そんなにどれも欲しいなら、私が買ってあげようか? 貸しにしてあげるよ」
「マジ?」
「うん、私は大学生だからね。そのくらい平気だよ」
「よっしゃ! サンキュー姉ちゃん!」
「誠、『お姉ちゃん』」
スッと薄目になった順子を見て、誠は背筋に悪寒を感じた。
「え、うん。ありがとう、お姉ちゃん……」
順子はすぐに満足そうな顔になった。
「あ、貸しって言ったけど、お金はいらないよ。私は自分で稼げるからね」
「げ、またかよ。今度は何?」
これは、あの時と同じ顔だ。ニヤニヤする順子に対して、誠は身構えた。
「んふふ、まだ考えてない。また今度話すよ」
はあ。誠はため息をついた。また今度、っていつだよ。まるで時限爆弾の首輪を仕掛けられたような気持ちになった。
お金で返させてくれるなら、来年のお年玉を待つだけで済むのに……。
その後、たくさんのグッズの精算をする順子の横で、誠は合計金額を脳内に叩き込んだ。
何を言われるのかわからないけど、あんまり過剰な要求だったら抵抗できるように、備えておかないとな……。
せっかくツアーTシャツを買ったので、二人して着ることにした。
黒い生地に、黄色い文字で『MICA Live Tour 2026』、そして各開催地がプリントされている。
「決まってるっしょ」
誠はすっかり上機嫌だ。『Yokohama』の文字を指してはしゃいでいる。
ふと、順子は自分たちがペアルックになったということに気が付き、全身が痺れるような感動に包まれた。
もし同性で年の近いきょうだいなら、幼いころに同じデザインの服を着せられることもあったかもしれない。しかし、自分たちにそういう経験はなかった。
初めての、共同体験。
しかし、今それを口に出すほど野暮ではない。せっかく誠が楽しそうなのだ。水を差してはいけない。
そういえば、同じTシャツということは、こっそり入れ替えてもバレないのかな。私の汗が染み込んだTシャツを着たら、誠は気が付くだろうか。
自分が妙な想像をしてしまったことに、順子は一瞬だけ動揺した。
でも、そのざわめきはすぐに甘い疼きに変わっていった。互いの体温が残ったTシャツ……。そんなことを考えている自分が、少し気持ち悪いけど、嫌じゃない。
順子は、誠の写真を撮ってあげることで気を紛らわした。
「いいね、Tシャツ、決まってるじゃん」
静かに暗転する会場。二人は息を飲む。
とうとうライブが始まる。薄い暗闇の中で、否応なく期待は高まった。
床を震わせる重低音のビートが鳴り、体の中に響き渡る。沸き上がる歓声。流れるレーザービーム。
明転すると、スモークの中からマイカの三人が登場した。歓声が一層強くなる。
三人が舞台の中央まで来ると、オーケストラヒットに合わせてポーズを決めた。
会場を割らんばかりの大歓声が響く。
「すげえ」
誠は固まってしまった。マイカが作り出した世界に飲み込まれている。
そして、そのまま一曲目が始まった。
会場はペンライトの海と化していた。
力強くステージで歌い踊るマイカ。モニターに映るその姿からは、筋肉の弾ける音が聞こえてきそうだ。
そして、歌にも惚れ惚れとする。激しく踊っているとは思えないほど、迫力に満ちた歌声が体を貫いていく。
歌、ダンス、演出。ライブは、様々な要素によって完璧に作り上げられている。それらに浮かされたファンたちの熱狂が、渦となって会場を包み込む。
誠は夢中になってペンライトを振った。首すじに汗を流しながら、光の粒として、マイカの作る世界の一員となっている。
そのペンライトに照らされた横顔を、順子はとろけるように見つめていた。
ああ、なんていい顔をしているんだろう。
誠をここに連れてきたのは、私だ。誠には、私が必要なんだ。
ステージに向かって目から輝きを放つ誠の姿を見て、順子は自尊心の高まりを感じた。
リーダーのナツのハイトーンボイスが響いた。順子は思わずステージを見る。
マイカは、すごい。
順子はライブまでの間に、一通りの楽曲や情報を頭に叩きこんでいた。それでも、実物を目の当たりにすると、それは想像以上だった。
誠が夢中になるのも理解できる。
なんと言っても、マイカは順子と誠の架け橋になってくれた存在だ。マイカのおかげで、今の二人の関係があるのだ。
ありがとう、マイカ!
順子は、改めて隣の誠を見た。
さて、誠への物販の見返りは、どうしてもらおうかな。
この爽やかな空に呼応するように、順子の足取りは軽い。順子は、久々の誠と二人でのお出かけに心を躍らせていた。
「今日の天気はライブ日和だね」
「うん」
穏やかな海風を浴びながら、二人で並んでライブ会場へ向かう。順子は自分の横を歩く誠の方を見やった。
大学生と中学生の二人の身長は、順子の方が少しだけ高い。でも、数年後にはきっと抜かされてしまうだろう。
その想像は順子にとって寂しくもあったが、不思議なことに胸をキュンと跳ねさせもした。
「雨じゃなくてよかったよ。まあ、屋内だからライブには影響ないけど、駅からここまで割と遠いし」
「ああ、うん」
憧れのマイカのライブ。誠は高揚しつつも、初めての体験に緊張を隠せない。
会話はできているが、周りをキョロキョロとしていて、その返事には気持ちが入っていない。
二人の周囲には、同じ方向に歩いている人たちが何人もいる。
彼らはマイカのロゴが入ったTシャツを着て、マイカのタオルやトートバッグを身に着けている。明らかに、ライブの観客だ。
誠と順子は、何の変哲もないシャツとズボンの服装だった。周囲から浮いているわけではないが、見るからに気合の入ったファンを目の前にして、誠は少し気後れしていた。
順子は、そんな誠の気持ちを見透かしていた。耳元でそっと囁く。
「前にいる人のTシャツ、あれって去年のツアーグッズだよね。私たちも、会場に着いたら物販を見よう」
誠の目が、その人の背中に釘付けになる。返事はなかったが、きっと心の中でグッズへの憧れを燃やしているところだろう。
順子は、そんな誠のことを愛でるように見つめた。
会場へ着くと、マイカのファンたちの人いきれを感じた。もちろん、自分たちもその仲間だ。会場の空気を吸い込むと、自分たちもその熱気の一部になったような気がした。
二人はさっそく物販の待機列に並ぶ。
「まだ売り切れてないって」
誠はスマホの画面を睨みつけている。公式SNSアカウントの告知を見ながら、何を買おうかと迷っている。
「ペンライトとタオルはマストなんだけど、ツアーTシャツも外せないし、アクスタも缶バッジも欲しい、てかなんでこれランダムなの、いやそもそもペンライトの時点でお金が……」
誠は一人で迷宮に迷い込んでしまった。
ペンライトは確かに必須だな、と順子は思った。ライブの演出に連動して色が変わるペンライト。あれがあるのとないのとでは、きっとライブでの一体感は大違いだろう。
しかし、ライブ連動機能のおかげか、お値段もそれなり。中学生には痛い出費だ。
「ああ、お年玉とっとけばよかった、くそっ……」
「ねえ」
順子は、ここぞとばかりに甘い声を出した。
「そんなにどれも欲しいなら、私が買ってあげようか? 貸しにしてあげるよ」
「マジ?」
「うん、私は大学生だからね。そのくらい平気だよ」
「よっしゃ! サンキュー姉ちゃん!」
「誠、『お姉ちゃん』」
スッと薄目になった順子を見て、誠は背筋に悪寒を感じた。
「え、うん。ありがとう、お姉ちゃん……」
順子はすぐに満足そうな顔になった。
「あ、貸しって言ったけど、お金はいらないよ。私は自分で稼げるからね」
「げ、またかよ。今度は何?」
これは、あの時と同じ顔だ。ニヤニヤする順子に対して、誠は身構えた。
「んふふ、まだ考えてない。また今度話すよ」
はあ。誠はため息をついた。また今度、っていつだよ。まるで時限爆弾の首輪を仕掛けられたような気持ちになった。
お金で返させてくれるなら、来年のお年玉を待つだけで済むのに……。
その後、たくさんのグッズの精算をする順子の横で、誠は合計金額を脳内に叩き込んだ。
何を言われるのかわからないけど、あんまり過剰な要求だったら抵抗できるように、備えておかないとな……。
せっかくツアーTシャツを買ったので、二人して着ることにした。
黒い生地に、黄色い文字で『MICA Live Tour 2026』、そして各開催地がプリントされている。
「決まってるっしょ」
誠はすっかり上機嫌だ。『Yokohama』の文字を指してはしゃいでいる。
ふと、順子は自分たちがペアルックになったということに気が付き、全身が痺れるような感動に包まれた。
もし同性で年の近いきょうだいなら、幼いころに同じデザインの服を着せられることもあったかもしれない。しかし、自分たちにそういう経験はなかった。
初めての、共同体験。
しかし、今それを口に出すほど野暮ではない。せっかく誠が楽しそうなのだ。水を差してはいけない。
そういえば、同じTシャツということは、こっそり入れ替えてもバレないのかな。私の汗が染み込んだTシャツを着たら、誠は気が付くだろうか。
自分が妙な想像をしてしまったことに、順子は一瞬だけ動揺した。
でも、そのざわめきはすぐに甘い疼きに変わっていった。互いの体温が残ったTシャツ……。そんなことを考えている自分が、少し気持ち悪いけど、嫌じゃない。
順子は、誠の写真を撮ってあげることで気を紛らわした。
「いいね、Tシャツ、決まってるじゃん」
静かに暗転する会場。二人は息を飲む。
とうとうライブが始まる。薄い暗闇の中で、否応なく期待は高まった。
床を震わせる重低音のビートが鳴り、体の中に響き渡る。沸き上がる歓声。流れるレーザービーム。
明転すると、スモークの中からマイカの三人が登場した。歓声が一層強くなる。
三人が舞台の中央まで来ると、オーケストラヒットに合わせてポーズを決めた。
会場を割らんばかりの大歓声が響く。
「すげえ」
誠は固まってしまった。マイカが作り出した世界に飲み込まれている。
そして、そのまま一曲目が始まった。
会場はペンライトの海と化していた。
力強くステージで歌い踊るマイカ。モニターに映るその姿からは、筋肉の弾ける音が聞こえてきそうだ。
そして、歌にも惚れ惚れとする。激しく踊っているとは思えないほど、迫力に満ちた歌声が体を貫いていく。
歌、ダンス、演出。ライブは、様々な要素によって完璧に作り上げられている。それらに浮かされたファンたちの熱狂が、渦となって会場を包み込む。
誠は夢中になってペンライトを振った。首すじに汗を流しながら、光の粒として、マイカの作る世界の一員となっている。
そのペンライトに照らされた横顔を、順子はとろけるように見つめていた。
ああ、なんていい顔をしているんだろう。
誠をここに連れてきたのは、私だ。誠には、私が必要なんだ。
ステージに向かって目から輝きを放つ誠の姿を見て、順子は自尊心の高まりを感じた。
リーダーのナツのハイトーンボイスが響いた。順子は思わずステージを見る。
マイカは、すごい。
順子はライブまでの間に、一通りの楽曲や情報を頭に叩きこんでいた。それでも、実物を目の当たりにすると、それは想像以上だった。
誠が夢中になるのも理解できる。
なんと言っても、マイカは順子と誠の架け橋になってくれた存在だ。マイカのおかげで、今の二人の関係があるのだ。
ありがとう、マイカ!
順子は、改めて隣の誠を見た。
さて、誠への物販の見返りは、どうしてもらおうかな。



