援助きょうだい 〜お姉ちゃんは、いつまでも〜

 私のかわいい弟。まこと、四さい。
 
「おねえちゃん、これよんで」
 (まこと)は絵本を手にして、ソファに座る順子(じゅんこ)の所へやってきた。
 いつもの、誠のお気に入りの絵本だ。
「うん、いいよ」
 順子が笑顔で答えると、誠はソファにちょこんと座った。
 膝の上に絵本を広げると、誠は食い入るように覗き込んできた。
「きょうは、もりのおまつりです。かぶとむしくんは、おまつりのじゅんびのために、みんなをよびにいきました」
 ひらがなだけで構成された物語を、順子はハキハキと、優しく読み上げる。
 誠はおとなしく、隣の順子が紡ぐ物語を聞いていた。口を少し開けたままだ。
 物語を読み終えると、誠は満足そうにソファから離れた。
「ねえ、これ片付けてよ」
 順子の声は、誠の耳には届かなかった。今はもうブロック遊びに夢中だ。
 ふふ、しょうがないな。
 順子は微笑みながら、彼のお気に入りの絵本をそっと棚に戻した。
 
 まったく、まことは私がいないとダメだな。
 私の大好きなまこと。お姉ちゃんが、いつまでもお世話してあげる。

 *
 
 私のかわいい弟。誠、九才。
 
「姉ちゃん、ゲームやろう」
 二つのコントローラーを手にして、誠はソファに座る順子の所へやってきた。
「うん、いいよ」
 順子はスマホを伏せ、片方のコントローラーを受け取る。
「今日は負けないぞー」
 順子は気合を口にした。
 誠のお気に入りのレースゲームが始まった。
 疾走感のある音楽が流れる中、何台ものレースカーが走り抜けていく。
「ああ、ぶつかっちゃった」
 順子はわざと壁にぶつかりながら走り、自分のミスを実況する。
 そうすれば、誠は気持ちよく勝てるから。
 誠は真剣な顔で一位を死守している。
「っしゃあ!」
 見事、誠は終始一位をキープしたままゴールした。順子は三位だ。
 誠の喜ぶ姿を見て、順子は彼以上に嬉しそうにしている。
「へへ、姉ちゃん弱いな」
「誠には敵わないよ」
 ニヤニヤ笑う誠に、順子は優しい笑顔を向ける。
 ふふ、手加減してあげてるの、気が付いていないね。
 第二レースの開幕を告げるファンファーレを聞きながら、順子はこっそりと微笑んだ。
 
 誠のことは、お姉ちゃんなら喜ばせてあげられる。
 私の大好きな誠。お姉ちゃんが、いつまでも相手をしてあげるからね。

 *
 
 私の可愛い弟。誠、十一歳。
 
「どいてよ。ゲームするから」
 ソファに寝転んだ順子を見下ろしながら、誠は言い放った。
「はい、どうぞ」
 順子が起き上がると、誠はその横に座った。
「一緒にやる?」
「なに言ってんの。これは一人でやるんだよ」
 誠はお気に入りのオンライン対戦ゲームを起動した。
 限られたフィールドの中で、最後の一人になるまで撃ち合いをするらしい。
「ああ! 敵が来てるよ! 危ない!」
「うるさいな、集中できないよ」
 誠が苦言を呈していると、見えない背後から誰かに撃たれてゲームオーバーになってしまった。
「あっ! くっそ!」
 突然の襲撃に苛立ち、コントローラーをソファに投げつける。
「姉ちゃんのせいだぞ!」
「ご、ごめん」
 誠を怒らせてしまい、順子は焦った。理不尽だと思いつつも、彼に嫌われたくない。
「このデブ!」
「ちょっと!」
 さすがにその発言は看過できなかった。
 確かに腹回りは自信がないが、デブと形容されるほどではない。
 そう順子が反論しようとするも、誠はさっさとリビングを出ていってしまった。
 テレビの画面の中では、誠が操作していたムキムキな男が仰向けに倒れている。
 誠が放り投げたコントローラーを、順子は愛おしそうに手でなぞった。
 
 大変なこともあるよね。本当は甘えたいはずなのに、強がったことばかり言ってる。
 だから、お姉ちゃんがあなたのことを癒してあげないとね。
 私の大好きな誠。お姉ちゃんは、いつまでもあなたの側にいるよ。

 *
 
 私の可愛い弟。誠、十三歳。
 
「お、いたいた誠」
 大学から帰宅した順子は、ソファに寝転んでスマホを見ている誠に話しかけた。
「あれ、ママは遅くなるんだっけ?」
「……ああ」
「なに見てるの?」
「……」
 返事はない。
 リビングに、彼のスマホから流れるダンスミュージックだけが響く。
「ま・こ・と」
「……うざ」
「シュークリーム買ってきたんだけど、食べる?」
「……」
 返事はない。
「ねえ、なんとか言いなよ」
「いらない」
 誠はスマホから目を離さずに、ぼそっと答えた。
 誠がそのまま寝返りを打つと、スマホの画面の中でキレキレのダンスを踊る人の姿がちらりと見えた。
「ええ、いらないの? 日持ちしないから、食べないなら私が二つとも食べちゃうよ?」
「だから太るんだよ」
「ちょっと! 最近少し痩せたから!」
「……」
 また返事がなくなった。
 順子は聞こえるような大きなため息をついたが、スマホの音楽にかき消された。
 カスタードがたっぷり詰まったシュークリームが二つ。
 順子は、本来ならその一つが入るべきだった誠の口を思い浮かべる。
 いつの間にか乳歯はすべて生え変わり、歯列矯正も終わって綺麗に並んだ歯。
 順子はお腹の肉を軽くつまみながら、一つ目のシュークリームをゆっくりと口に入れた。

 私の大好きな誠。
 たった二人のきょうだい。
 昔は赤ちゃんだったあなたも、今はすっかり大きくなった。
 あの頃はぴったりくっついていたのに、最近はつれないね。
 でも、また甘えてくれる日が来るはず。
 だって、誠にはお姉ちゃんが必要だもんね。
 お姉ちゃんは、いつまでもあなたが大好きだよ。
 そう、いつまでも。