呪いの神子とサトリの契約婚 ~心を読める美麗妖は、お飾り妻を手放せない~



「なあ暁。俺しってるぞ。これって『おんなのいくさ』っていうんだろ?」
「たぶん本当の意味は違いますよ」
「そうなのか? みんな怖い顔してお嫁さん取り囲んでるぞ!」
「……ごめん、東雲。合ってるかも」


 広い部屋の隅で正座する双子が顔を寄せこそこそ話しているが、普通の大きさの声なので聞こえているよ。

 現在、私は『女の戦』の最中だ。
 大きな姿見の前で、たすき掛けまでしたしのさんに、着物を着付けてもらっている。
 他にも数人の女性の使用人さんたちがせかせかと動き回っている。

 ちなみに、奥の座敷に通された途端、しのさんは襦袢ごと脱ぐように私ににこりと言った。
 その笑顔は先程のサブヒーローの圧が強い笑顔に酷似していた。
 乳母だったというのは本当らしい。

 そればかりでなく、しのさんは私から受け取った襦袢と男物の着物を悪鬼の如く一睨みし、さっさと引き上げさせた。

「あとでしっかりと宵様と真澄さまにお話させていただきますね。お嬢様」

 とんでもなく美しく微笑んだしのさんはとてもかっこよかった。


 サブヒーローに感謝をしつつも、宵様との関係が気になって仕方がない。
 彼の指示で、お屋敷の中へ大量に運び入れられた品物の内容がにわかに信じられないからだ。

 それらは、空色や淡い卵色、薄桃色の色とりどりの反物や精緻な刺繍入りの帯、袴やワンピースまであった。
 しかも帽子、靴や草履もだ。

 見るからに高価そうな品々が山のようにこの座敷じゅうに積み上がっている。
 所狭しと並ぶ品物に目を輝かせる双子と首を傾げる私に、しのさんはさらりと告げた。

「これらすべてはお嬢様のためだけにご用意いたしました」

 私の顔がひきつったのは言うまでもないだろう。
 正直、理解不能であり、飲み込めない。
 けれど、しのさん含め双子や他の使用人さんからもにこにこと微笑まれたら、それ以上なにもいえない。

「大変ありがたいことです……ね」

 これが私にできる精一杯だった。

 双子は私の着替えの見学に飽きたのか、帽子に装飾された羽を熱心につついている。
 機嫌よくぺしぺしと尻尾で畳を叩く二人に、女性使用人さんの口元がもれなく緩んでいる。
 やはりもふもふはいつの時代も癒やされるものらしい。

 いつか皆さんからの優しい眼差しに気がつけたら、東雲と暁も、もっと獣耳と尻尾を好きになれるかな。


「さあ、螢様。お召し物が整いました!」

 しのさんの達成感溢れる声にはっと我に返る。

 そして、鏡に映された自分と対面した。

 淡い桜色の生地に、金糸を織り交ぜた菊や梅、文様が控えめに散らされた着物だった。また、白銀の帯が上品な輝きを添えている。
 着物の心得が全くない私でもわかるくらい、派手ではないのに、ひとつひとつの意匠が丁寧な本物の振袖だ。
 

 髪も結い上げ、ほんの少し紅も引いた小さな唇もあいまって、可憐さの中に凛とした清楚さを纏う少女がそこにいた。

 映し出された自分の姿に言葉を失くし、しばし見惚れてしまった。
 元が平凡な顔立ちとはいえ、ここまで綺麗にしてもらえると、さすがに女の子としての純粋な嬉しさが込み上げてきた。

 いつの間にか双子達がぐるぐると私の周りを巡っている。

「きらきらして天女さまみたいだ!」
「とっても素敵です! きっと宵様も見惚れてしまいます」

 双子が目を輝かせて拍手喝采してくれ、恥ずかしくなるくらい大げさに褒められてしまった。

「いや、そんなことないから……」


 鏡の中の少女が頬を赤くしているのを目に入れてしまう。
 両頬を手で押さえるけれど頬の熱が治まる気配はない。

「ふふ、美しい少女を愛と財力で自分の彩に着飾るのは、男性の歓びですよ」

 しのさんからの言葉に、すっと頬の熱が冷めていく。

 宵様と私の間に、絶対に芽生えるはずのない言葉だったから。

 それでもこんなに可愛くしてもらい、しのさんの技術に感心するばかりだ。
 さすが皇太子であるサブヒーローに仕える皇宮侍女であるしのさん。

 美人で、気遣いも完璧で、仕事の腕もすごいとは、しのさんもどこか高位の家柄ご出身なのかしら。

 本当であれば、私ごときがひと目顔を見ることもできない方々なのだろう。

 であれば、せめても心を尽くして感謝を述べよう。

「しのさん、自分じゃないみたいにきれいにしていただきありがとうございます」

 しのさんに深々と頭をさげる。
 着付けしている間、私の身体に触れることを極力避け、驚かないよう、触れる前に必ず一言添えてくれたのだ。
 怯える私の様子が気にかかっただろうに、何も言わず、丁重に接してくれた。
 申し訳なさが募るが、圧倒的に感謝が追い越していく。

「いえいえ、螢様を着飾るのは楽しかったですよ。うちの真澄さまも宵様とばかり過ごさずとも、そういう浮いたお話があれば良いのですが……」
「え?」
「いえ。ここだけのお話ということで……ご内密にしてください」
「しょ、承知いたしました」

 しのさんは軽く言ったつもりだろうが、衝撃が大きすぎる。
 宵様と仲が良いのも驚いたが、未だに婚約者もいない口ぶりだ。

 けれど原作では、あと少しでサブヒーローはヒロインに会う。最終的に婚約者として。
 お互い素性をあかさずにヒロインとサブヒーローが出会い、恋に落ちた彼が、婚約者だと明かす。
 宵様が関係していないからあやふやだ。

 ただ唯一わかるのは、宵様とヒロインの出会い関係なく、ヒロインは必ずサブヒーローに出会うはず。

 私が宵様に拾われたから展開がほんの少し変わった? 
 それともヒロインとの婚約はこれからなのか。
 皇太子の婚約なんて国家機密だから、秘密裏に進められているのかな。

 
 まあ、やんごとない皇太子殿下の恋路なんて、宵様に関係ないならば、気にする必要もないだろう。


「それでは、螢様。未熟な男性たちに女性の凄さを見せつけに参りましょう!」
「見せつけるぞー!」
「見せつけましょー!」


 えいえいおーと気合たっぷりの拳を振り上げる座敷の皆さんだ。
 乱れなく揃った皆さんの動きに、僅かな時間の間にとんでもなく団結してしまったみたいだ。

「がんばり……ます!」

 皆さんの期待の眼差しが降り注ぎ、私も軽く拳を掲げた。