土間に立っていたのは、いつも完璧に美しい黒い羽織姿の宵様だ。
双子と出迎えようと、膝をつくが、宵様の後ろにたつ大きな人影に目を見張る。
「わあー! 宵の家にほんとに女の子がいる?!」
宵様の背後からひょっこりと顔を出したのは、金糸を織り込んだような美しい金髪と、人懐っこい笑みを浮かべた美青年だった。
仕立ての良い洋装に身を包み、背後には数人の使用人らしき者たちを引き連れている。
サブヒーロー『光城真澄』がなぜここにいるのだろうか。見間違いでないかと思いたいが、紛れもなくその人だ。
言葉を失い固まった私に、宵様はなぜか不機嫌な声を落とす。
「おい。邪魔になるだろ。どけよ」
「す、すみません」
すぐさま玄関の端に移動すると、玄関先にいる皆のぎょっとした視線が宵様に集まっていく。
しかし彼は全く怯むことなく、框に上がり、私の腕を引き、立ち上がらせる。
「宵、女の子にそれはないでしょ……」
「お前に関係ないだろ。……とにかく早くソレ置いて帰れよ」
「はいはい。どこに運ぶの?」
肩を竦めただけでいなしたサブヒーローは、控えた使用人達に指示を送る。彼らの手には、うず高く積まれた色とりどりの木箱や反物が握られていた。
どうやら宵様とお買い物に行ってきたようだ。
なんとなくこの家に来慣れた様子にみえ、かなり宵様と親しいみたいだ。
原作での二人はヒロインを取り合っていたはずなのに。
「奥の座敷にすべて運んでくれ。あとは……」
てきぱきと指示をおくる彼の視線が原作を思い出そうとした私に向かった。
反射で俯くが、サブヒーローはじっと顎に手あて、興味深そうに数秒私に視線を走らせる。
そして、にこりと笑う。
「ねえ、この子の着物が男物だけど……きみは男の子なの?」
なんだか凄みのある笑顔だ。腹の奥で怒りが燻ぶっているような。
なぜそんな顔をされるのかわからず、必死に首を横に振る。
「だよねえ。……ちょっと宵! 見てられない!!」
サブヒーローが宵様に食ってかかる。
「なんだよ?」
「可哀想でしょ?」
「は? 着るものないから仕方がないだろ」
「いや! そういう問題じゃない!」
サブヒーローは、疲れたようにとっても深い息を長く吐いた。
私が男物の着物をきていることを気にしてくれているみたいだ。
今までツギハギだらけの着物を着ていた私としては男物であっても、肌触りも良いし気にならないのだが。
どうしたら。せっかくのご厚意を無下にするのも、宵様が責められてしまうのも嫌だ。
目の前にある宵様の羽織りの裾を握る。
「着替えるか?」
「いいえ……」
「駄目だろ!」
「着替えてください!」
私の声をかき消すように双子の声が遮った。
双子もサブヒーローのように、むんと両手を腰にあてている。
ちっと宵様が気に入らなさそうに舌打ちをした。
「ほら! 多数決で決定だから! しの、お願い!」
「はい!」
サブヒーローの背後から壮年の女性の影が差す。
「お嬢様は私といきましょうね」
使用人らしき女性がにこやかに笑い、肩に手を置こうとする。
里でキヌに執拗に叩かれたことを思い出し、無意識にぎゅと目をつむり、びくっと身が竦んでしまう。
しわがれた手は戸惑ったように宙に浮いた。
静まり返った空気に血の気が引いていく。
妖より人間が怖い。
人間とは言えない真っ白い髪と金色の目を気味悪がられないだろうか。
普段から瞳の力を制御しているが、目を合わせた瞬間に、豹変してしまうのでは。
包帯をしないと、と袂を必死で探るがあるわけない。里にすべて置いてきた。
「大丈夫だ」
ぽんと頭に温かな重みがのる。
宵様は表情も変えずに言うけれど、それだけで冷たくなった指先にぬくもりがじわじわ戻っていく。
おずおずと顔をあげれば、緋色の瞳が覗く。
「俺を信じろ」
サトリである宵様が大丈夫というならば、小刻みに震える手をぎゅと握る。
宵様の影から抜け出し、頭を下げる。
「えっと、お願いします……すみません」
「滅相もございません。見知らぬ人間に警戒するのは当然です」
しのさんはにこやかに笑い、気にした様子もなく手を振った。
そればかりか、お坊ちゃんが不躾で申し訳ないと謝罪されてしまった。
「脅かせてすまない。俺は光城真澄。こちらのしのは俺の乳母だから、宵たちにも慣れているよ」
悄然としたサブヒーローまでも自己紹介までして、謝罪してくれた。
「光城様、お気遣いありがとうございます。私は『螢』です。お世話になります」
サブヒーローに一歩近づき、不敬にならないよう礼をしながら自己紹介をする。
それに宵様からもらった大切な名前を初めて自分で口にしたら、胸がくすぐったい。
こんな日が来るなんて思ってもみなかった。
「まあ、しっかりしたお嬢様ですね。私は『しの』と申します。こちらこそよろしくおねがいいたします」
しのさんもサブヒーローも私の瞳や髪色を嫌がる素振りもない。
宵様の言う通り、温かいひとたちだった。
「遠慮なく嫌なことはおしゃってくださいね。さあ、螢様参りましょうか」
しのさんが今度は廊下の奥へ手を向ける。
初めて名前を呼ばれて、ドキッとしながらも、こくりと頷くと微笑んでくれた。
「僕達もついていきますね。お嫁さんをお守りします」
「もし嫌ならがぶりと噛んでやるからな!」
「ありがとう」
こそこそと耳打ちしてきた双子だ。守られる事態にはならないだろうが、二人の気持ちが嬉しくて、一緒に来てもらうことにした。
◇◇◇◇

