呪いの神子とサトリの契約婚 ~心を読める美麗妖は、お飾り妻を手放せない~

宵様が出て行ってしまったあと、部屋の中には、なんとも言えない気まずい空気だけが残された。

 布団にくるまり縮こまり続ける私を、双子が心配そうに覗き込んでいる。

「お嫁さん、大丈夫ですか?」
「宵様に変なことされてないか!?」

 変なこと。
 その単語を聞いた瞬間、脳裏に蘇るのは、指先を舐められた熱い感触と、至近距離の赤い瞳。

「っ!!」

 再び顔が熱くなる。
 私は反射的に布団へ引っ込んだ。

「やっぱりなんかされたんだ!」
「宵様は旦那様失格です!」


 双子の怒る声を聞きながら、恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
 けれど、元はといえば自分が宵様の寝込みを襲うような挙動をしたからだ。

 今にして思えば、破廉恥なのはこちらである。

 よくよく考えれば、初対面の男の人の寝顔をじっと見つめて、頭の中で不届きな妄想を爆発させていたのだ。
サトリの宵様からすれば、面白え女とか関係なく、ただの気味の悪い不審者だと思われても仕方がない。よく家から叩き出されなかったものだ。

 追い出さない、とても優しい宵様に全責任を負わす訳にはいかない。

「ち、違うの………! 呪いをとこうとしたんだけど!」

 しどろもどろに説明すると、双子はぴたりと動きを止めた。

「呪い?」
「宵様の?」

 布団からそろりと顔だけ出して頷く。

「すごく、苦しそうでした……」

 途端に、二人がしゅんと眉を下げ、顔を見合わせる。


「……そうですか」
「また酷かったのか」

 ぽつりと漏れた声に、言葉を失ってしまう。

 やっぱり宵様は、ずっと前から呪いによる痛みはあったのか。
 しかも誰にも言わず、一人で耐えていた。


「でも宵様、昔より全然平気そうになったんですよ!」
「そうだぞ! 前はもっと機嫌悪かった!」
「えっ」

 思わず目を瞬く。
 あれでまだましなんて、どれだけ宵様やんちゃなんですか。
 ほぼ殺気と色気だだ漏れでしたよ。

「昔は夜、近づけないくらいだったんです」
「今は、あそこの湖をアイツに教えてもらったから……良かったよな」
「教えてもらった?」

 あれ? あの湖でヒロインと出会ったのは覚えていた。
 が、そもそも富士山の麓の湖も、龍華の里に神子がいるのを宵様はなぜ知っていたのだろう。
 すっぽりと頭から抜け落ちたように、どうしても思い出せない。
 もしかしたら湖を教えたアイツという人物が教えたのか。あんな里に詳しいアイツとは誰なのか。


「おい。お前らいつまでそうしてる!」

 低い声が降ってきた。

「ぎゃーーっ!!」
「帰ってきた!!」

 双子が飛び上がる。
 いつの間に戻ってきたのか、宵様が開け放たれた襖にもたれかかっていた。
 腕を組み、心底面倒そうにこちらを見ている。
 けれど、その赤い目が一瞬だけ私へ向いた瞬間。
 今朝のことを思い出してしまい、ぶわっと熱が顔を覆った。

「っ……!」

 慌てて布団に戻ろうとするが、暁と東雲がそれぞれ布団の端を引っ張って、防いでくる。
 よいしょっと布団を引き剥がす双子は薄情過ぎないだろうか。

「隠れるの禁止だぞ!」
「いくら宵様が最低でも!」
「なんで俺が悪い前提なんだよ」

 双子の口撃を雑に流しながら、宵様はずかずかと部屋へ入ってくる。

「飯食ったら、屋敷案内してやれ」
「えっ」

 思いがけない提案に、布団を引っ張る手が止まる。

「屋敷、ですか?」
「ああ。お前すぐ迷子になりそうだからな」

 失礼な。そう思った瞬間、双子の裏切りだ。

「昨日、廊下で三回同じ場所ぐるぐるしてたぞ」
「え」
「柱に話しかけてました」
「『こちらが……台所ですか?』って」
「やめてください!!」

 まさか全部見られていた。いや言い訳くらいさせてほしい。
 だって、前世でも今世でも、こんなに部屋数多いお屋敷に入ったことすらない。
 同じ襖が並んだ部屋の見分けなんてつきません。
 羞恥でのたうち回りたくなる私をよそに、宵様はふっと口角を上げた。

「まあ、お前が頭の中で騒ぎ立てている、『せいちじゅんれい』とやらを好きにやるがいい」

 そう言い残し、今度こそ本当に去っていく。
 ひらりと揺れた黒い羽織を見送りながら、私はぽかんと瞬いた。

「やっぱり……宵様は優しい」
「「えっ」」

 双子が固まる。

「迷わないように気にしてくださったんですよね?」

 そう言うと、二人はなぜか微妙な顔になった。

「お嫁さん、すごいです……」
「……無理しなくていいぞ」

 なんだか失礼なことを言われている気がする。
 聖地巡礼の許可をくれた宵様はやはり優しくないか。
 面白え女ポイントを加算できていたみたいだ。

「ふふ。良かった」

 口元を綻ばせた私に、双子は揃って首を傾げた。

 その後、朝餉をひとりで終えた私は、双子に連れられ屋敷探検をすることになった。
 もちろん朝餉はとても美味しかったが、宵様がいないお座敷はとても広く感じた。

 私の右手を握る東雲、左手は暁に握られ、襖がずらりと並ぶ廊下を歩く。

「お嫁さんはどこか見たいとこあるか?」
「うーん。二人のおすすめは?」
「「二階!!」
「よし! いこう!」

 宵様のお屋敷は広かった。二階もあるなんて。
 元気よく手を引く二人に連れられ、階段を登る。

「わあ! 全然違う……」
「そうだろ? ここは真っ赤で違うんだ!」
「モダン? とか言うらしいです」

 純和風の一階と違い、二階は洋風に設えてあり、部屋全てに赤い絨毯が敷き詰められていた。
 真紅の絨毯と飴色の扉や柱とのコントラストは異国情緒たっぷりだ。
 さらに流麗なガラス窓、漆塗りが美しい猫脚のテーブルと椅子。
 すべてが小説の時代である大正モダン文化そのもので、目を奪われてしまう。

「あ! お庭が見渡せる」

 ガラス窓からは広大な庭園、屋敷全体が見渡せた。
 日本庭園には鮮やかな深緑の立派な木々が並び、花しょうぶが池を彩り、その美しさにしばらく見とれてしまった。
 どうやら敷地の外れには蔵もあるみたいだ。どれだけ広いのかこのお屋敷は。

「じゃあ、次はこっち!」

 陽の差し込む廊下をぱたぱたと軽い足音をさせながら案内する二人に着いていく。

 一階奥まった書庫には棚いっぱいに難しそうな本がずらりと並ぶ。
 厨は、汲み上げの井戸ではなく最新の水道が通っており、わざわざ蛇口をひねって双子が自慢してくれた。

「ここが蔵! 変なのいっぱいなんだ」
「変なの?」
「宵様は人間が発明したものを集めるのが好きなんです」
「本人は気づいてないけどな」

 双子がさも今から悪戯を仕掛けるように耳打ちした。
 自慢気にそういう双子がおかしくて、つい頬が緩む。

「二人だけが知る宵様、素敵だね!」

 暁はさらに瞳を輝かせるが、ふいにまつげを伏せる。

「あのお嫁さん。宵様のこと誤解しないでくださいね……」
「サトリのくせに女性を裸足のままで担ぐような気が利かない人だけどな!」

 東雲もフォローにもならないことを真剣に補足した。

「全然気にしてないよ!」

 勢い良く首を横に振れば、双子の表情が僅かに明るくなる。

 未だにあの件を許せないとは、どれだけこのお屋敷の妖は心優しいのだろうか。
 里でされた仕打ちに比べれば、名前を呼び、目を合わせてくれるだけで感謝しかないのに。

 暁がそっと私の袖を握る。こちらの顔色を窺うように、掴む手は小さく震えていた。

「ああみえて不器用で……弱いもの、混ざり者を放っておけない性分なんです。あのサトリって、悲しみなどの感情って強いから特に聞こえてしまうみたいで」
「そう、なんだ……」
「でも宵さまは優しいからな! そんな声なんて無視すればいいのに、いちいち誰かの悲しみに傷つくんだよ!」

 怒っているような東雲の声に、やるせなさと誇らしさが滲む。
 それだけ暁と東雲が宵様を大切に思っており、三人だけの強い絆がある。
 あたたかい。

「……優しいね、宵様も二人も」

 二人の頭を交互になでる。

「ッいいえ僕たちは! 落ちこぼれなんで!」
「落ちこぼれ?」
「完璧に人型をとれたら妖狼として一人前なんだよ」
「昨日、お嫁さんと契約する前の僕達は耳と尻尾が出ていたでしょ? それが証拠です」
「お嫁さんと契約した今は、妖力が上がって消せてるけどな」
「…………えっとどういうことか聞いても良い?」

 視線を絡ませた二人が、こくりと頷いた。

 妖狼や妖狐など元々耳や尻尾がある妖は、耳や尻尾を隠すことは、とても妖力が必要だそうだ。
 おのずと高位な妖ほど人型をとり、二人のように耳と尻尾が出しっぱなしの妖は、「無能」の烙印が押されてしまうらしい。

「里では、妖力も弱くてしかも忌み嫌う双子だったから……追い出されてしまったんです」
「きっと宵様が拾ってくれなかったら俺達はここにいない」


 打ち明けてくれた二人がそっと視線をはずず。横顔が翳り、落ちた視線が痛ましい。

 双子があれだけケモミミと尻尾にこだわっていたのかやっと理解できた。

 私なんかよりも、もっと酷い。妖が跋扈するこの世界で、群れから追い出されることは、明日の命すら危ういということだ。

 ​ こんなに小さくて可愛い双子を捨てるなんて。

 幼い二人の苦労と絶望を思うと、ふつふつとその理不尽な仕打ちに怒りがこみ上げる。
 彼らの存在を否定した者たちを許せない。

 だからこそ。彼らが一番気にしている獣耳と尻尾を、私が全力で肯定しなければ。

「私はまたお耳と尻尾を生やして欲しい! あと触らせて欲しいよ!」

 なんとか暁と東雲ファン代表の想いを伝えた。
 誰がなんと言おうが、もふもふは正義だ。彼らの個性は素晴らしい。

 暁は深い蒼色の瞳を大きく見開く。東雲は泣きそうにぎゅっと眉を寄せた。

 今までコンプレックスだった耳と尻尾を出させて、触らせろという無神経さを今になって自覚する。
 昨日と同じ失態をしでかし、どっと冷や汗をかく。

「無神経だよね。ごめん」
 と頭を下げた。

「……気持ち悪く、ない?」
「耳、見たい……?」

 恐る恐る確認するような声が降ってきた。

「もちろんです!」

 力強く頷いた瞬間。
 ぼふんっ、と音を立てて、二人の頭の上に獣耳、足元に尻尾が現れた。

「わぁぁぁっ!?」

 思わず歓声が漏れる。
 尻尾は濡れ羽色の艶めく毛並みがふわふわだ。ピンと上向く獣耳はぴくぴく動いている。
 しかも東雲は右耳に白いメッシュがはいって凛々しい。暁は真っ黒な毛並みが美しい。

「すごい……本物……ふわふわ!? 触ったら怒られますか!? でもすごく可愛い……!」

 かわいい。あまりにもかわいい。
 言いながら鼻息荒く興奮してしまう。ぎゅうと両拳を握りしめ、なんとか興奮を胸のうちに鎮める。
 こんな素晴らしい二人を愛でることをせず、虐げた妖狼族どもは万死に値する。


 感動に打ち震え、様子のおかしい私に双子はぽかんとしていた。
 やがて、双子はきょとんと顔を見合わせた。

「……変なの」
「お嫁さん、ほんと変です」

 呆れたような言葉とは裏腹に、その口元は嬉しそうに緩み、頬は赤く染まっている。

「でもさ、お嫁さんに大好きって言ってもらえて嬉しかったよな、暁」
「うん。嬉しいです、東雲」

 屈託なく笑う二人がそれぞれそっと私の袖を引く。

「いいぞ。触って」
「どうぞ」

 おずおずと暁は尻尾を私に向け、東雲はゆっくりと頭を差し出した。

 尻尾はブンブンとご機嫌に左右に大きく揺れ、耳は期待にぴんと立ち上がっている。

 撫でられ待ちの状態の彼らをもふもふして良いということで。
 暁と東雲がほんの僅かだけれど、心を開いてくれた証拠だ。
 胸の中が温かい気持ちで満たされて仕方がない。

 緩んでしまう頬を止められない。

「ありがとう!」

 私は、期待に震える手を、愛おしい彼らのもふもふへとそっと伸ばしたのだった。

 しかし、折良く腹の音がぐう、と鳴ってしまう。小さい可愛らしいものではなく、長々とその存在を主張するように鳴ったのだ。

「ご、ごめん?」

 なにを謝ったのか自分でもわからない。
 けれど、双子には大層面白かったようで、腹を抱えて笑われた。ひどい。

「たくさん歩いたから、腹が減ったよな!」
「さっそく昼餉にいたしましょう!」
「あ、ありがとう……」

 小さい子どもたちからの優しさがこれだけ胸に突き刺さるとは。
 宵様がこの二人に強く出られないのもわかってしまう。
 里を追い出され、大人に裏切られて、深い傷を心に負っても、真っ直ぐで、てらいなく優しい二人は良い子すぎる。

「今日は卵があるから昼餉にお出ししますね!」
「暁のだし巻き卵うまいよなー」
「楽しみだなー。あ、二人にお願いがあったんだ……」

 二人が不思議そうに首を傾げる。

「二人と一緒にご飯食べても良いかな? 宵様がいない時だけでいいから。内緒でお願いします!」

 両手をぱちんと合わせ拝むようにじっとみつめる。

 二人の獣耳と尻尾がぴんと立っていた。
 答えは聞かずともわかりやすい反応をする双子に頬が緩む。

「いいぞ!」
「いいですよ!」

 ちぎれんばかりに尻尾が左右に揺れる双子は可愛い。
 ごきげんな二人と一緒に昼餉を食べたからか、朝よりお座敷は広く感じなかった。


 ◇◇◇


 昼餉後、玉砂利の敷き詰められた日本庭園に沿う縁側に腰掛け、改めて撫でさせてもらうことに。
 二人に挟まれ、先ほどと同じように暁は尻尾を、東雲は獣耳をこちらに向けた。

 まずは東雲の獣耳に手を伸ばす。獣耳は柔らかくて温かい。
 耳の根本を触ると、継ぎ目もなく、確かに頭部から生えていた。
 ぴるっと震える獣耳にパッと手を離す。

「痛かった?! ごめん」
「ううん。初めて触られたからくすぐったいだけだ! もっと触ってもいいぞ!」

 獣耳を擦る東雲は慌てて首を横に降り、もっと撫でてを言わんばかりに見上げる。
 すると、逆側のふっさふさの尻尾が正座した足をペシペシ叩く。

「次は僕の尻尾も撫でて欲しいです! 東雲ばかりずるいです!」
「ふふ……撫でますね」
「次は俺の尻尾も撫でてくれ!」

 耳と尻尾を出すのを恐れていた二人が、撫でてほしいとせっつくようになるなんて思ってもみなかった。
 くすぐったい喜びが胸に湧き上がる。
 暁のふわふわな尻尾を堪能していると、満足気にふわりとゆれる。
 しかし、間もあかずに膝の上に反対側からもうひとつ尻尾が乗ってくる。
 その尻尾を順に撫でると、反対からはぴこっと立ち上がった耳が膝の上に乗る。

「ありがとうー」

 もうここは極楽浄土なのかもしれない。
 お腹いっぱいになって、両サイドをもふもふに囲まれ、日当たりの良いぽかぽかの縁側で過ごす昼下がり。
 時折通る風が髪を揺らすくらいのまったりと過ごす時間は、夢のように穏やかな時間だ。
 すぎる時間がゆっくりで、三人でうとうととしていたその時。

 双子の黒い耳と尻尾が一気に逆立ち、飛び起きた。
 さすが妖狼という身のこなしだ。
 二人は一目散に玄関の方へ駆けていく。この縁側は正面玄関へ廊下のように繋がっているらしい。
 庭沿いの縁側を追っていくと、私に気付いた二人は速度を落とし、両隣に並んでくれた。

「東雲? 暁?」
「宵様が帰ってきたんだ。それにアイツもいる!」
「アイツ?」

 宵様が帰ってきただけではないらしい。二人の顔がお客様を迎えに行く表情ではない。

「その人は狐のような人間です!」
「うさぎ臭いんだ、そいつ!」
「うさぎと狐?」

 兎と狐が混ざったなんてどんな妖なんだろうか。いや暁は人間といっていたような。
 情報が断片的すぎて、頭が疑問符で埋め尽くされた。
 ちょうど視線があった暁が苦笑しながら言った。

「東雲は胡散臭いって言いたいんだと思います」
「なるほど……」
「会ったらわかるぞ」

 全く釈然としないが、会えばわかるらしい。
 こんな良い子の双子がそこまで辛辣に言うなんて、どんな知り合いなのか。
 どきどきとしながら歩いていると、二人が揃って大きな声を上げた。

「今日は人間の音がいっぱいする!」
「なんでしょうか? お客様なんてめったにこないのに……」

 獣耳がぴくぴくと玄関の方向に向けられ、どことなく緊張した顔の二人だ。
 普段無邪気な東雲さえも、顔がこわばっている。心なしか二つの尻尾が下がっている。

 いざとなったら私がその胡散臭い人間からこの子たちを守ろう。

 そう意気込んで双子の手をそれぞれ握る。

 やがて玄関にたどり着いた私は大きく目を見張った。