「ま、まさか……東雲と暁なの?!」
事実だと思いたくない。その一心で必死に問いかけたが。
「そうだ! 俺が『東雲』になった!」
「はい! 僕が『暁』です!」
一瞬、目を瞬いた双子が、手を挙げて無邪気に笑う。全く同じ顔で。
一気に身体の血の気が引いていく。
「っこのアホ……」
固まって動けない私の身体を担ぐ宵様が、何度目かわからないため息を吐いた。
「あのな! 妖にとって『名付け』は番や主従契約の意味があるんだよ!」
「まさかそれで大人になった?!」
「その通り! 名前を与えられた僕たちがニンゲンさんと強制的に契約したことで、力が分けられたみたいです!」
東雲と暁が胸を張り、順に説明してくれるが、未だに信じられない。
そんな妖の掟は、小説内では出てこなかった。自分の知る限り。
どうか否定してほしい。
救いを求め宵様にみつめてみたが、眉は不機嫌そうに寄っていた。
「ただの人間なら、強制的に契約させるなんてありえないが……今さら仕方ないだろ」
ニコニコする双子をくいっと顎で指しながら、宵様が低く呻く。
苦悶に満ちた声音が、状況のありえなさを表している。
「私が……癒やしの『神子』だから?」
考えうる可能性を問いかけると、宵様から返されたのは肯定の沈黙。
神子の力の凄まじさになんともいえない恐怖を感じるが、それ以上の怖さと罪悪感に駆られる。
私のせいでケモミミショタ双子をこの世界は永遠に失ったという事実に。
「ど、どうしたら……世の五万人の同胞に申し訳がたたない!!」
思わず口をついた悲壮な叫びに双子がびくっと身をすくめた。
こちらも怖がらせて申し訳ない。もふもふがただ好きなだけなんだ。
「あ? 同胞?」
宵様からとんでもなく睨まれたが、それどころではない。
「暁と東雲を愛してやまない方々とその人数ですよ!」
「…………」
呆れた視線を宵様からいただいたが、もうなんか色々すごい気持ちを叫びたくてしょうがない。
「もふもふの尻尾を揺らして、お耳が立ったり動いたり……そんな二人が最高に可愛くて、みんな大好きなんです! わかります?! もちろんわかりますよね!」
身振り手振りを使い、早口でまくしたてる私を、むしろ興味もないと言わんばかりに宵様は無表情で見つめる。
推しに冷たい目を向けられ、その熱量の差に、一瞬怯んでしまう。
オタクの悪いところが出てしまった。おもしれえ女を通り越してて、宵様に引かれてしまわないか。
えっと、と続けようとしたが、必死な暁の声が被さった。
「あのっ、ニンゲンさんは、こんな耳がある僕達が本当に大好きですか?」
「当たり前ですよ! あの耳が可愛いんです」
何を言っているか。ケモミミを嫌いな人間がいるものか。
それに双子は、もう一人のサブヒーローよりも人気があった。
ちなみに宵様のかっこよさは宇宙の真理なのでぶっちぎり人気だけれども。
「……尻尾もあるんだぞっ! それでも好きなのかよ」
今にも泣きそうな顔をした東雲が続く。その隣の暁も同じ顔をしてこちらを見つめる。
答えを待つ2人の瞳は不安げに揺れている。
何故こんなに必死なのか見当もつかず。
それでも。
「うん。大好き! どっちの姿でも暁と東雲だから好きだよ」
小説の中の2人しか知らないし、出会ったばかりだけど、心からそう思っているのを伝えたかった。
見ず知らずの私に強制的に契約されたことに怒りだすこともなく、丁寧に説明してくれる優しさ。
それに、わざわざさん付けする礼儀正しさもある。
どちらも素直で良い子だ。ケモミミがあってもなくても。
「……ッ」
目を見張った双子はすぐさま宵様に顔を向けた。
本心から私が言っているか確かめたいらしい。たぶん。
ふっと笑った宵様は頷いた。その笑みは私に向けられたことがないくらい、とても優しい。
思わずぎゅんと心臓が変な音を立て、痛いくらいときめいてしまった。
「ほんとなんだ!」
ぱあっと顔を明るくして、ぎゅっと両拳を握った二人は顔を見合わせる。
あどけない仕草は、身体は大人なのに、大変可愛い。
心臓の痛みが穏やかになってしまうほどだ。
だらしなく頬を緩めたその時、何度目かの急激な浮遊感に襲われる。
「⸺ひいっ」
もがいた手が空をかき、いつの間にか視界が高くなる。
なぜか東雲に両脇を持たれ、いわゆる高い高いをされていた。
それには驚いたのか、宵様も目を見開き固まっている。
「し、東雲?! 降ろして」
必死に頼み込むと、素直に降ろしてくれた東雲だが、なぜか今度は私を片腕で抱きかかえる。
「ニンゲン軽いな!」
ご機嫌に笑う東雲は、ぎゅうぎゅうと私を拘束しながら、頬ずりをしてきた。
間近にある精悍な美しい顔と滑らかな肌の感触にぎょっとしていると、いつの間にか反対側に立った暁が私の首筋に顔を埋めた。
「美味しそうないい匂いがします。ニンゲンさん」
「美味しそう?」
「たしかに……旨そうだな……」
二人がかりでスンスンと首筋や胸を嗅がれ、もう恥ずかしくてたまらない。
月一の儀式の時くらいしかお風呂に入れないため、ここしばらく入っていないのだ。
絶対にいい匂いなんてしない。
もう羞恥で泣きそうになりながら身をよじったけれど、絡みつく2人の腕はびくともしない。
「このまま僕達のものにしてしまいましょう」
こそっと暁が不穏な耳打ちをし、東雲はにぱっと笑う。
「なあ、番になろうぜ。ずっと一緒にいよう?」
「あなたの名前を教えてください」
左右から耳元でささやかれた言葉に、獰猛な熱を感じて、ゾクリと背筋が凍る。
牙のような犬歯も口から見えてしまった。
中身が子供であっても、やはりこの子たちは妖狼なのか。
人間なんて簡単に頭からぱっくり食べられてしまうだろう。
せっかく大好きな宵様のお嫁さんになれたのに。
これまで男性に迫られたことなんてないから、穏便に断るにはと頭を悩ませていると。
「こいつは俺が拾った嫁だ」
宵様が容赦なく双子の首根っこを掴んで引き剥がしてくれた。
ついでに逞しい腕に羽交い締めのような形で抱き寄せられる。
宵様の香の匂いが薫る温もりに包まれ、小さく息を吐く。
横抱きにされて、着物の上からでもわかるほど逞しい胸板が近い。ついでに美麗なご尊顔も。
首に腕を回す度胸もない私は、せめて触れる面積を減らそうと胸元で両手を握って身体を縮こまらせる。
「嫁? 宵様がニンゲンを?」
すぐさま私を取り返そうと東雲が手を伸ばす。
だが宵様がふん、と鼻を鳴らし、その手を避けるように後退る。
「そうだ。さっき俺の嫁にした」
暁が咎めるように、首を傾げる。
「担いで来たのに?」
宵様の動きが止まった。
「草履も履かせてやらないし……」
東雲が責めるように、私の泥だらけ、傷だらけの足をじっと見ている。
「「お嫁さんなのに?」」
しっかりシンクロした双子の疑問に宵様は無言を貫き、三人で睨み合いをしだした。
よくわからない重い沈黙が耐えられず、ビクビクと口を開いた。
「私……裸足好きですよ」
宵様はげんなりとした表情で、双子へ声を張る。
「暁と東雲! 今すぐに片方は風呂と着替え、もう片方は食事の支度しろ」
ピッと背筋を伸ばした双子は手を上げる。
「はーい! 俺は飯!」
「じゃあ、僕がお嫁さんの足洗いと風呂、着替えの支度します」
行け! という宵様の合図で、お屋敷に向かって素早く走り出した双子の背中を見ることしかできず。
二人を追うように宵様はスタスタと玄関に向かって歩き出す。
「これはどういうことでしょうか?」
「ん? あのな……」
言いあぐねている宵様は珍しい。じろじろと見つめていると、見るなと強引に手で顔の向きを変えられた。
ちょうど暁が屋敷から走って戻ってきていた。それから宵様にぞんざいに言った。
「あ、宵様は鬼火でお風呂焚いてください! お嫁さんを玄関に連れて来たあとで良いので!」
「わかったよ……」
会話を遮られたはずなのに、ため息混じりの答えた宵様はやはり優しいお顔をしていた。
本来、主従関係のはずなのに、家族みたいな温かいやり取りにくすっと笑いが漏れた。
⸺ほんの少しだけ、羨ましい。
私は宵様の『家族』になんてなれない、なってもらえるはずがない。
双子と違って、呪いの苦しみを軽くするためだけにただの『薬』として拾われた。
ヒロインでもなく、人間でもない。
産みの親から死を望まれてやまない化け物だ。
宵様からの視線を感じたけれど、横を向いたままになっておいた。
こんなおこがましい思いを抱いた顔を見られたくない、その一心だった。

