呪いの神子とサトリの契約婚 ~心を読める美麗妖は、お飾り妻を手放せない~

 

「っおい!」

 大きく体を揺さぶられる感覚に、遠のいていた意識が浮上する。
 担がれたまま猛スピードで運ばれ、身体が激しく上下する感覚に限界を迎え、意識を失っていたらしい。

「えっ? あえ? ここどこ?!」

 大きな声に顔を上げると、目の前に広がった景色に変な声が漏れた。

「お前が気を失った間に帝都まで戻ってきた」
「ていと……」

 宵様が視線で指した圧巻の光景に見とれた私は、ぼんやりと繰り返すことしかできない。

 アニメや映画のCGでしか見たことのない、この小説の舞台そのものが広がっていた。
 電灯が眩しいレンガ造りのビル。その隣には瓦ぶきの屋根に提灯がぶら下がる和風な屋敷。
 通りを行き交うのは人だけでない。当然のように、妖もいる。その誰もが洋装や和装を着こなし、活気に満ちている。

 洋風も和風も、人も妖も、ごちゃまぜ。ひとことでいえば雑多な街。
 けれど、山の奥深くで暮らした私には、驚くほど輝いてみえる大都会だった。

 前世で、これよりも大きなビルや、多くの人で賑わう街に住んでいたにもかかわらず。

「宵様……ありがとうございます……生きてて良かったです」

「螢は大袈裟だからな……」

 小馬鹿にしたような、呆れた宵様の呟き。

「い、いや! 本当に、私たちからしたらご褒美というのか、聖地ですから!」

 いくら推し本人であろうが、聖地は大事にしてほしい。
 再び、宵様から重いため息が漏れたが、気にする余裕もない。
 好奇心の赴くままに、山育ちの良い視力で、町並みをなめるようにみつめる。
 ヒロインと宵様の初デート先である百貨店前の大きな獅子像。
 小説4巻の冒頭、帝都を襲う妖に速攻で真っ二つにされた時計塔は、今も厳かに時を刻んでいる。

 山の稜線の彼方には線路の上を走る蒸気機関車の白い煙が昇っていた。



「お前の頭の中は騒がしいな」
「す、すみません……止まらないんです」
「突然気を失うかと思えばすぐに謝ったり、……忙しいやつだ」
「おっしゃる通りでございます」


 自重しようとするが、ぽんぽんと頭に浮かぶ数々の名シーンに、再び目の奥が熱くなってきた。

「滲んで見えない……」

 宵様は口端をほんの少しだけ上げる。そんな優しい表情を見てしまった私はときめきが止まらない。
 悶える私を知ってか知らずか、宵様は私の腰を抱え直すと、ぐんっとスピードを上げた。
 突然顔に暴風を浴び、目を瞑った直後、私はまたしてもアホなことを漏らした。



「ほ、ほんとに……あったんだ」

「それはあるだろ。ほら、さっさと行くぞ」

 目を開けた視界いっぱいにそびえ立つ日本家屋に、言葉を失う。
 里のお屋敷も大きいと思ったが、それ以上、もはやお殿様の住まうお城。

 宵様が足を向けた途端、屋根付きの重厚な門がひとりでに開く。
 真っ先に目に入ったのは大きな池のある広大な日本庭園だ。
 池を跳ねる錦鯉が、水面に浮かぶ満月を揺らしていた。

 幻想的であり、立派すぎるお屋敷に既視感はある。けれど、どこか夢見心地で私は担がれていく。

「あれー? 宵様今日は帰らないんじゃないのかよー?」
「ないんですかー?」

 やがて真っ暗だったお屋敷に一気に明かりが灯る。
 暗闇に浮かびあがった屋敷の玄関から小さな影が2つ飛び出してきた。

「予定変更だ」
「んー? それなんだ?」
「にんげん……ですか?」

 宵様の目の前に立った2つの影はお揃いで首をかしげた。6歳くらいの双子の男の子だった。
 頭上には尖った耳が生え、足元ではふさふさと尻尾が揺れる。

 ——妖狼。

 宵様の従者として原作に登場した、あの双子だ。宵様の隣に並ぶ姿は、小説の挿絵そのまま。
 小説の中盤、ヒロインが宵様の家にやって来ることで登場する。

 興味津々に、宵様の腰元くらいの位置から私の顔を見上げる四つの瞳。
 ふと気づく。瞳の色がかすかに違う。

 活発な表情を向ける子の瞳は鮮やかな朝焼けの色。静かに見つめる片方の瞳は、夜が明ける直前のような深い蒼色だ。

 その違いに引っかかりを覚えて、記憶を手繰る。

 そして、思い浮かんだ名前をそれぞれ指差しながら呼んだ。

「あっ! こっちが『東雲(しののめ)』で、この子が『(あかつき)』だ!」

 広い日本庭園に私の声が響き。
 瞬間、双子が白い光に包まれた。


「え?」
「うわっ?!」


 目もくらむような光が視界を灼く。
 同時に身体の奥から力が吸い取られたような気だるさに襲われる。

 すると、ひかりは弱まり、不思議に思いながら目を開けた。飛び込んできた光景に息をするのも忘れた。


「あっ?! 大人になった!?」
「耳も尻尾も消せた?!」
「本当だ!」
「触ってみて!」

 なぜか双子の青年が出現していた。宵様に負けないほど背が高く、顔も麗しい。
 しかも、顔を見合わせた二人が、一言二言会話をした途端、お互いの頭とお尻を確かめるようにまさぐりあいだした。

 大変眼福だが、さらに疑問を増幅させていく。

 よくよく見ると、黒髪と切れ長な瞳の色は先程立っていたあの双子と同じだ。
 着ている着物の柄も同じ。

 あのケモミミとふさふさの尻尾がないけれど、最悪の可能性に思い至る。


「ま、まさか……東雲と暁なの?!」