美鈴様に促され、私達はそそくさとソファーに座った。
私が今、腰を落ち着けているソファーの座り心地がとんでもなく柔らかい。
すごい、と内心感動していると、コーヒーとシュークリームが運ばれてくる。
私の前にはシュークリームとアイスクリームが載せられていた。
ん? と首を傾げ、他の方のも確認しようと視線を彷徨わすと、光城様と目が合った。
罰が悪そうな、それでいて顔を真っ赤にした光城様はぼそぼそと言った。
「この前はゆっくり味わうどころではなかっただろう。それで……僕が準備させたんだ」
はっきり物言う彼にしてはまごまご言いよどむのは、あれほど侮蔑した相手に情けをかけるのは気まずいのか。
ましてや殴られた原因でもあるからな。
あと考えうるのは、不器用な彼なりの和解の仕方なのかも。
そう思うと、孤高な宵様の隣にいても良いと僅かに認めてくれてくれたのか。
思わずふわりと微笑みかけてしまう。
「ありがとうございます」
なぜかぼっと音がでそうなほど光城様が顔を真っ赤にした。
「いや……こちらこそ……ありがとう」
一向に視線を合わさない光城様は照れてしまったらしい。
普段あれだけ飄々とされているのに、案外、素直なお方らしい。
ふふ、とさらに頬を緩ませれば、見えるところは真っ赤に染まってしまう。
「おい、真澄」
隣の宵様が、凍てつくような声を出す。光城様はさらに狼狽する。
「え、ちちがう! なんかわからないけど、僕はいつも通りだ。いや違うか。す、すまない」
光城様様の心の奥まで見透かそうとするように宵様は目を細める。
そんな厳しい視線を真正面から受けた光城様は、最後には、なにに謝罪しているのかわからないことを口走り、両手に顔を埋めた。
さらに美鈴様がご機嫌に笑いながら、よくわからないことを言い出した。
「うふふ。螢様の可憐な笑顔に真澄もどきどきしたのね!」
「すまない……宵」
「真澄、お前」
騒がしい3人の様子にきょとんとするしかないが、私にだけ出されたアイスクリームが原因なはず。たぶん。
もしや、この美味しそうなアイスクリームを食べてはいけないのだろうか。
刻一刻とアイスクリームは溶け出している。
悲しくなった私はそっと宵様の袖を握る。
「気にせず食え。ただし、真澄を視界にすら入れるなよ」
制約付きで許可を出した宵様が私の頭をぽんと軽く叩く。
美鈴様と光城様がなぜか二人で同じ顔をした。なにか信じられないものをみる目を宵様に向けている。
「ほら、食えよ」
宵様は、アイスクリームを一匙掬うと、ずいっと私の口元にスプーンを寄せる。
アイスクリームの誘惑と宵様から手ずから食べさせていただく栄誉に抗えず。
大きく口を開け、スプーンを口に入れると、バニラの甘い香りがひやひやと口内へ広がっていく。
「へへ……美味しいです」
「そうか」
ふっと笑う宵様はアイスクリームを再び私の口元へ。
頬を緩める私へ微笑みかけるご機嫌な宵様はやはりかっこいい。
あらゆる角度から視線を感じながらも、アイスクリームを溶けてしまう前に食べ切りたい私は口を開け続けた
ふう、と口直しにコーヒーを啜っていると、三人だけで会話を始めてしまって入れない。
「あら? この目つきの悪い男は本当に宵だったかしら?」
「僕も自信が無くなってきたよ。いつの間にか中身が美しい少女を愛でる妖に乗っ取られていたなんて」
「うるさいぞ。さっさと本題を話せ」
「わかったわよ。今からは堂々と睦み合うのは止めてよね。朴念仁だと思っていた友人のそんな姿見せられたら気恥ずかしいったらないわよ」
「……螢ちゃんを横取りされた僕は、未だに独り身なのに」
「……今さらもう遅い。お前なんかに俺の螢は絶対にやらない」
光城様と宵様が見つめ合いだし始めた。
良かったですね光城様と、にこにことそれを眺めてしまう。
すると、美鈴様が楽しそうに口を開いた。
「螢様は真澄との婚約や、皇家と龍華の里の関係もご存知なんですか?」
「えっと、はい。先日、殿下の口から教えていただきましたね」
美鈴様はわかりましたとコクリと頷き、背筋を伸ばすと私を見据えた。
「私も龍華の里の神子だったのです。真澄の祖父に嫁ぎ今に至ります」
光城様から龍華の里の話を聞いた時、美鈴様の正体はもしかしてと思っていたが、ありえないことだ。
『癒しの力は、神子が亡くなると、里で1番幼い娘に引き継ぐ』
癒やしの力は現に私に継承されているのだから。
美鈴様は私の疑問に答えるように口を開いた。
「私にはもう『癒やしの力』を螢様へ継承したのでありません。……同時に螢様に命を救っていただきました。奇跡的に」
「命を……ですか……」
「癒やしの力を得る代償として、代々神子の寿命は25歳までです。これまで寿命の例外はありませんでした」
神子の寿命が25歳とそんなに短いこと。寿命の短い神子を皇家に嫁がせる里の非道な仕打ち。
ひどい。神子だと勝手に奉り上げるくせに、さらに里の利益のために犠牲を強いる。
歴代の神子はどんな気持ちで帝都に嫁いで来るのか。
己の無知に慄き、やるせなさで唇をぎゅっと噛みしめる。
「ですが私は、25歳を迎える前に螢様へ強制的に神子の力を継承されました。あなた様のおかげで、その寿命の呪縛から逃れることができました。ありがとうございました」
美鈴様はそう言うとゆっくりと頭を下げる。
「……いえ。私はなにも……」
掠れた声しか出せない。もっと気の利いたことを言えればいいのに。
安易に喜ぶのも、違うだろう。
歴代の神子が味わった寿命がすり減っていく恐怖も、寿命に関係ない私が言うのはおこがましい。
「螢様はお優しいですね」
「ちょ、ちょっと?! おかしい! お祖母様が25歳を迎える前って……」
光城様は顔を真っ青にし、ソファーから立ち上がる。
それからゆっくりと私に顔を向けた。
「えっと……」
光城様の瞳が疑惑に揺れる。
ああ、やっぱり自分は化け物なのか。
ずっと目を背けていたこと。
少女だったキヌがいつの間にか大人になり、髪に白髪が混じる間、私はずっとこの姿だった。
いくらか成長をしているが、人間と比べ、とてもゆっくりだ。
なんとか出した声は掠れてしまった。
「こんな私ですが、殿下より、いや殿下のご両親くらい生きてます」
彼は脱力したようにソファーにどかりと腰掛けた。呆然としながらも私の頭から足へ視線で辿る。
「なんだ。お前そんな若いのか」
弾かれたように顔を向けると、片肘ついた宵様はさも何でもないような顔をしていた。
そうか。何百年と生きている妖の宵様からすれば、私の年齢なんて『若い』のか。
知らずに緊張していたらしく、ほっと息がしやすくなる。
「女性の年をあげつらうなんて、真澄、最低ですよ! すみません。螢様」
「ごめん。螢ちゃん」
「大丈夫ですよ」
殊勝にも謝る光城様だ。
未だに私をちゃん付けで呼ぶ彼のさり気ない優しさが胸に沁みる。
「そういえば、螢様はご自身のことをご存知ですか?」
「『癒やしの神子』というくらいで……特に」
「螢様の澄みきった白髪と金色の瞳は、幼い頃に垣間見た龍神様と瓜ふたつなのです」
「……な、なるほど」
まさか私の化け物みたいな白髪と金目が龍神と瓜ふたつなんて。
思えば、思い当たることばかりではないか。不老な身体、呪いの瞳を持つから。
普通の人間でなくても、腑に落ちてしまう。
そっと微笑んだ美鈴様は、懐かしむようにそっとまつげを伏せた。
「神子の欠かせない儀式として、新月の日に社で神子だけが寝ずに祈祷をいたしますよね。あの儀式は形骸化されておりますが、実は龍神様へ未だに娘が里で大事されながら生きている、と擬似的に報告するためなんです。そして、神鏡に映りこむ龍神様の姿を私はその時に見たのです」
「えっと、あの儀式にそんな意味があったなんて、知らなかったです……、龍神様のことも」
「ふふふ、あの儀式の暇つぶしに、私は歴代神子の記した書物を読んでおりました」
茶目っ気たっぷりに美鈴様は言う。
社内の祭壇の真下、一箇所だけ長さの違う床板を外せば、歴代神子の手記等が隠されていると。
儀式中、暇を持て余した美鈴様が社内を歩き回っていたら、偶然見つけたらしい。
「あの儀式中、眠いし暇で、なんとか時間を潰したいですよね。私も探せば良かったです」
「神子同士の秘密ですよ」
人差し指を口元に当てる美鈴様に、私も同じように指を当てる。
お互いに顔を見合わせ、くすくすと笑い合ってしまう。
そして、私の推測に過ぎませんがと美鈴様が前置きをする。
「螢様は龍神様の娘。初代神子様の生まれ変わりだと思われます」
「…………」
「螢様の扱う浄化の力も、初代神子様の手記で記されているだけで、誰一人その力を発現した神子はございませんでしたし」
「へ?」
小説ではヒロインは宵様の呪いを解呪していたはずだ。ありえない。
初代の神子の生まれ変わりだとか、自分の持つ浄化の力が希少だとか、そんなことよりも。
どくどくと心臓の音が大きくなる。
「あの!浄化の力でよ、宵様の呪いは解けないってことですか?」
美鈴様は眉を下げる。
宵様の呪いについて説明を始めた。
宵様の呪いは満月の日に痛みが増悪すること。
浄化の力を持たない美鈴様では、その呪いをどうにもできず。
龍華の里の湖に貯まる、龍神様の神気がたっぷり宿った水で時間をかけて呪いの進行を食い止めるようアドバイスしたと。
呪いによる痛みに伴う灼熱感に気休め程度に効果があったと。
「でも私昨日、解呪に失敗しました。ぐるぐる巻き付くような呪いに、浄化の力を弾かれて」
「いえ、力の根源が同じ里の聖水が効果があるのなら、螢様の浄化の力が私は解呪に有効だと思います。
もしかして、浄化の力の操り方さえ間違えなければ、解呪可能なのかもしれません」
「……操り方が問題だと?」
「はい。そのためには浄化の力について詳細が記された初代神子様の書物を手に入れるべきかと」
龍神の神気であり、『浄化の力』を上手く操れれば、解呪できるのか。
昨日はただ、黒い靄に力をぶつけるように祓おうとしていた。それでは効果ないのか。
その書物さえあれば、私でも解呪可能かもしれない。
「あの! その書物はどこに?」
身を乗り出して尋ねる私に、美鈴様はふっと寂しそうに淡く笑んだ。
「『龍華の里』あります」
はく、と口だけが動く。
里にある。宵様の呪いを解くヒントが。
美鈴様の言葉通りであるならば、『里』へ行くべきだ。
しかし、なぜか口が、喉が、全く動いてくれない。
「もういい。呪いは解かない」
宵様はそう吐き捨てると、私の腕を強く引き立ち上がらせる。
「帰るぞ」
「宵様?」
「おい! 宵?」
「ちょっと! 待ちなさい!」
美鈴様と光城様の静止の声を振り切り、私を抱え、洋館を後にした。
私が今、腰を落ち着けているソファーの座り心地がとんでもなく柔らかい。
すごい、と内心感動していると、コーヒーとシュークリームが運ばれてくる。
私の前にはシュークリームとアイスクリームが載せられていた。
ん? と首を傾げ、他の方のも確認しようと視線を彷徨わすと、光城様と目が合った。
罰が悪そうな、それでいて顔を真っ赤にした光城様はぼそぼそと言った。
「この前はゆっくり味わうどころではなかっただろう。それで……僕が準備させたんだ」
はっきり物言う彼にしてはまごまご言いよどむのは、あれほど侮蔑した相手に情けをかけるのは気まずいのか。
ましてや殴られた原因でもあるからな。
あと考えうるのは、不器用な彼なりの和解の仕方なのかも。
そう思うと、孤高な宵様の隣にいても良いと僅かに認めてくれてくれたのか。
思わずふわりと微笑みかけてしまう。
「ありがとうございます」
なぜかぼっと音がでそうなほど光城様が顔を真っ赤にした。
「いや……こちらこそ……ありがとう」
一向に視線を合わさない光城様は照れてしまったらしい。
普段あれだけ飄々とされているのに、案外、素直なお方らしい。
ふふ、とさらに頬を緩ませれば、見えるところは真っ赤に染まってしまう。
「おい、真澄」
隣の宵様が、凍てつくような声を出す。光城様はさらに狼狽する。
「え、ちちがう! なんかわからないけど、僕はいつも通りだ。いや違うか。す、すまない」
光城様様の心の奥まで見透かそうとするように宵様は目を細める。
そんな厳しい視線を真正面から受けた光城様は、最後には、なにに謝罪しているのかわからないことを口走り、両手に顔を埋めた。
さらに美鈴様がご機嫌に笑いながら、よくわからないことを言い出した。
「うふふ。螢様の可憐な笑顔に真澄もどきどきしたのね!」
「すまない……宵」
「真澄、お前」
騒がしい3人の様子にきょとんとするしかないが、私にだけ出されたアイスクリームが原因なはず。たぶん。
もしや、この美味しそうなアイスクリームを食べてはいけないのだろうか。
刻一刻とアイスクリームは溶け出している。
悲しくなった私はそっと宵様の袖を握る。
「気にせず食え。ただし、真澄を視界にすら入れるなよ」
制約付きで許可を出した宵様が私の頭をぽんと軽く叩く。
美鈴様と光城様がなぜか二人で同じ顔をした。なにか信じられないものをみる目を宵様に向けている。
「ほら、食えよ」
宵様は、アイスクリームを一匙掬うと、ずいっと私の口元にスプーンを寄せる。
アイスクリームの誘惑と宵様から手ずから食べさせていただく栄誉に抗えず。
大きく口を開け、スプーンを口に入れると、バニラの甘い香りがひやひやと口内へ広がっていく。
「へへ……美味しいです」
「そうか」
ふっと笑う宵様はアイスクリームを再び私の口元へ。
頬を緩める私へ微笑みかけるご機嫌な宵様はやはりかっこいい。
あらゆる角度から視線を感じながらも、アイスクリームを溶けてしまう前に食べ切りたい私は口を開け続けた
ふう、と口直しにコーヒーを啜っていると、三人だけで会話を始めてしまって入れない。
「あら? この目つきの悪い男は本当に宵だったかしら?」
「僕も自信が無くなってきたよ。いつの間にか中身が美しい少女を愛でる妖に乗っ取られていたなんて」
「うるさいぞ。さっさと本題を話せ」
「わかったわよ。今からは堂々と睦み合うのは止めてよね。朴念仁だと思っていた友人のそんな姿見せられたら気恥ずかしいったらないわよ」
「……螢ちゃんを横取りされた僕は、未だに独り身なのに」
「……今さらもう遅い。お前なんかに俺の螢は絶対にやらない」
光城様と宵様が見つめ合いだし始めた。
良かったですね光城様と、にこにことそれを眺めてしまう。
すると、美鈴様が楽しそうに口を開いた。
「螢様は真澄との婚約や、皇家と龍華の里の関係もご存知なんですか?」
「えっと、はい。先日、殿下の口から教えていただきましたね」
美鈴様はわかりましたとコクリと頷き、背筋を伸ばすと私を見据えた。
「私も龍華の里の神子だったのです。真澄の祖父に嫁ぎ今に至ります」
光城様から龍華の里の話を聞いた時、美鈴様の正体はもしかしてと思っていたが、ありえないことだ。
『癒しの力は、神子が亡くなると、里で1番幼い娘に引き継ぐ』
癒やしの力は現に私に継承されているのだから。
美鈴様は私の疑問に答えるように口を開いた。
「私にはもう『癒やしの力』を螢様へ継承したのでありません。……同時に螢様に命を救っていただきました。奇跡的に」
「命を……ですか……」
「癒やしの力を得る代償として、代々神子の寿命は25歳までです。これまで寿命の例外はありませんでした」
神子の寿命が25歳とそんなに短いこと。寿命の短い神子を皇家に嫁がせる里の非道な仕打ち。
ひどい。神子だと勝手に奉り上げるくせに、さらに里の利益のために犠牲を強いる。
歴代の神子はどんな気持ちで帝都に嫁いで来るのか。
己の無知に慄き、やるせなさで唇をぎゅっと噛みしめる。
「ですが私は、25歳を迎える前に螢様へ強制的に神子の力を継承されました。あなた様のおかげで、その寿命の呪縛から逃れることができました。ありがとうございました」
美鈴様はそう言うとゆっくりと頭を下げる。
「……いえ。私はなにも……」
掠れた声しか出せない。もっと気の利いたことを言えればいいのに。
安易に喜ぶのも、違うだろう。
歴代の神子が味わった寿命がすり減っていく恐怖も、寿命に関係ない私が言うのはおこがましい。
「螢様はお優しいですね」
「ちょ、ちょっと?! おかしい! お祖母様が25歳を迎える前って……」
光城様は顔を真っ青にし、ソファーから立ち上がる。
それからゆっくりと私に顔を向けた。
「えっと……」
光城様の瞳が疑惑に揺れる。
ああ、やっぱり自分は化け物なのか。
ずっと目を背けていたこと。
少女だったキヌがいつの間にか大人になり、髪に白髪が混じる間、私はずっとこの姿だった。
いくらか成長をしているが、人間と比べ、とてもゆっくりだ。
なんとか出した声は掠れてしまった。
「こんな私ですが、殿下より、いや殿下のご両親くらい生きてます」
彼は脱力したようにソファーにどかりと腰掛けた。呆然としながらも私の頭から足へ視線で辿る。
「なんだ。お前そんな若いのか」
弾かれたように顔を向けると、片肘ついた宵様はさも何でもないような顔をしていた。
そうか。何百年と生きている妖の宵様からすれば、私の年齢なんて『若い』のか。
知らずに緊張していたらしく、ほっと息がしやすくなる。
「女性の年をあげつらうなんて、真澄、最低ですよ! すみません。螢様」
「ごめん。螢ちゃん」
「大丈夫ですよ」
殊勝にも謝る光城様だ。
未だに私をちゃん付けで呼ぶ彼のさり気ない優しさが胸に沁みる。
「そういえば、螢様はご自身のことをご存知ですか?」
「『癒やしの神子』というくらいで……特に」
「螢様の澄みきった白髪と金色の瞳は、幼い頃に垣間見た龍神様と瓜ふたつなのです」
「……な、なるほど」
まさか私の化け物みたいな白髪と金目が龍神と瓜ふたつなんて。
思えば、思い当たることばかりではないか。不老な身体、呪いの瞳を持つから。
普通の人間でなくても、腑に落ちてしまう。
そっと微笑んだ美鈴様は、懐かしむようにそっとまつげを伏せた。
「神子の欠かせない儀式として、新月の日に社で神子だけが寝ずに祈祷をいたしますよね。あの儀式は形骸化されておりますが、実は龍神様へ未だに娘が里で大事されながら生きている、と擬似的に報告するためなんです。そして、神鏡に映りこむ龍神様の姿を私はその時に見たのです」
「えっと、あの儀式にそんな意味があったなんて、知らなかったです……、龍神様のことも」
「ふふふ、あの儀式の暇つぶしに、私は歴代神子の記した書物を読んでおりました」
茶目っ気たっぷりに美鈴様は言う。
社内の祭壇の真下、一箇所だけ長さの違う床板を外せば、歴代神子の手記等が隠されていると。
儀式中、暇を持て余した美鈴様が社内を歩き回っていたら、偶然見つけたらしい。
「あの儀式中、眠いし暇で、なんとか時間を潰したいですよね。私も探せば良かったです」
「神子同士の秘密ですよ」
人差し指を口元に当てる美鈴様に、私も同じように指を当てる。
お互いに顔を見合わせ、くすくすと笑い合ってしまう。
そして、私の推測に過ぎませんがと美鈴様が前置きをする。
「螢様は龍神様の娘。初代神子様の生まれ変わりだと思われます」
「…………」
「螢様の扱う浄化の力も、初代神子様の手記で記されているだけで、誰一人その力を発現した神子はございませんでしたし」
「へ?」
小説ではヒロインは宵様の呪いを解呪していたはずだ。ありえない。
初代の神子の生まれ変わりだとか、自分の持つ浄化の力が希少だとか、そんなことよりも。
どくどくと心臓の音が大きくなる。
「あの!浄化の力でよ、宵様の呪いは解けないってことですか?」
美鈴様は眉を下げる。
宵様の呪いについて説明を始めた。
宵様の呪いは満月の日に痛みが増悪すること。
浄化の力を持たない美鈴様では、その呪いをどうにもできず。
龍華の里の湖に貯まる、龍神様の神気がたっぷり宿った水で時間をかけて呪いの進行を食い止めるようアドバイスしたと。
呪いによる痛みに伴う灼熱感に気休め程度に効果があったと。
「でも私昨日、解呪に失敗しました。ぐるぐる巻き付くような呪いに、浄化の力を弾かれて」
「いえ、力の根源が同じ里の聖水が効果があるのなら、螢様の浄化の力が私は解呪に有効だと思います。
もしかして、浄化の力の操り方さえ間違えなければ、解呪可能なのかもしれません」
「……操り方が問題だと?」
「はい。そのためには浄化の力について詳細が記された初代神子様の書物を手に入れるべきかと」
龍神の神気であり、『浄化の力』を上手く操れれば、解呪できるのか。
昨日はただ、黒い靄に力をぶつけるように祓おうとしていた。それでは効果ないのか。
その書物さえあれば、私でも解呪可能かもしれない。
「あの! その書物はどこに?」
身を乗り出して尋ねる私に、美鈴様はふっと寂しそうに淡く笑んだ。
「『龍華の里』あります」
はく、と口だけが動く。
里にある。宵様の呪いを解くヒントが。
美鈴様の言葉通りであるならば、『里』へ行くべきだ。
しかし、なぜか口が、喉が、全く動いてくれない。
「もういい。呪いは解かない」
宵様はそう吐き捨てると、私の腕を強く引き立ち上がらせる。
「帰るぞ」
「宵様?」
「おい! 宵?」
「ちょっと! 待ちなさい!」
美鈴様と光城様の静止の声を振り切り、私を抱え、洋館を後にした。

