翌日の昼下がり。
私はまたしても宵様に抱えられながら、スカートの裾をひらめかせ、木立の上を飛んでいる。
雲一つない空の先に帝都の町並みが見えてきた。
もう何回も味わった浮遊感に慣れた私は、宵様に問いかける。
「えっと……これから伺うのは光城様のお家なんですか?」
「あー、少し離れたところにある。……お前その服初めて見たな」
「はい。光城様は洋装が多いので、そのお祖母様なら洋装を好まれそうだな、と思いまして」
じとりと顔を見つめる宵様にひやひやとしながら言うと、ぷいと顔を逸らされてしまった。
洋装は似合っていなかっただろうか。
今日は、レースの襟が可愛らい白いブラウスに、藍色のスカートをあわせた。
そしてポニーテールの根本には、やはり外せない宵様カラーである赤いリボンを結んだ。
最近おしゃれに目覚めてしまった暁の自信作『モダンなお嬢様』の装いらしい。
暁自らが、女性雑誌を読み込み提案してくれた。
提案者の彼が着ても似合いそうと思ったのは余談だ。
「似合っているが、別に真澄なんかに服を合わせなくていいだろう」
憮然と漏らす宵様の言葉に、ほっとすると同時に疑問が湧く。
「では誰に合わせましょう?」
「…………いや、誰かといえば……」
普段はっきりと答える宵様は珍しく口ごもり、眉間に深いシワが寄せた。
「服は誰かに合わせるものじゃないだろう」
「たしかに……そうですね」
「だろう」
難しい顔で頷く宵様は、いつも同じような着流しを着ているが、実は服装にとてもこだわりがあったようだ。
毎日選ぶのがめんどくさいと双子に漏らしていたはずなのに。
まあ、宵様なら何を着ようが毎分毎秒かっこいい。
そう納得したからか、つい言葉に漏れてしまった。オタクの悪いところが。
「でも、私は必ず宵様の赤色を身に着けたいですねぇ……うわっ」
ぐらりと身体が傾いた。珍しく、宵様が足を踏み外したみたいだ。
すぐに体勢を整えた宵様は、足を踏み外したことが恥ずかしいのか耳が真っ赤だ。
「あの……」
「それは続けろ」
「はい?」
「俺の色は毎日でも着けていい。許す」
顎を反らし命じる宵様だ。よくわからないが、推し公認で宵様カラー着用を許されたらしい。
「ありがとうございます!」
今までは、こそっと小物だけしか赤色を身に着けなかったが、これからは大胆にも服にも使っていこう。
思わず笑みがこぼれてしまう。
「おい。螢。つくぞ」
そう宵様が降り立ったのは、芝生の緑が息を呑むほど美しい、広々とした洋風庭園だ。
ついその広さと美しさにあんぐりと目と口を、開いてしまった。
色とりどりの花が植えられた花壇や大理石で作られた東屋。
虹がかかる噴水とたくさんの池が初夏の眩しい昼下がりの日差しにきらめいている。
宵様のお屋敷にある日本庭園とはまた違う麗しくも華やかな庭園。
絶対に1日で見て回れない庭園の先に瀟洒な建物がかすかに見えた。
さくさくと迷うことなく宵様はその洋館を目指し、庭園を歩く。
待ち受けていた様子の使用人の方に出迎えられ、洋館の中へ。
案内された応接室らしき室内には、優雅で豪奢なテーブルセットが置かれていた。
すでにもう到着していた光城様が立ち上がって迎えてくれる。
彼の姿を捉えた途端、ぎょっと目を剥く私を隠すように宵様が光城様との間に割り込んだ。
「あ、宵と螢ちゃん……こんにちは」
「ああ」
「光城様……本日はお招きいただきありがとうございます」
深々と頭を下げながら、私は先程の信じられない姿に冷や汗をかいていた。
皇太子殿下である光城様の右頬に濃い痣があったのだ。つい最近できたように、未だに赤く腫れていた。
その原因に思い当たりしかない。
昨夜、宵様は夕餉の前に「忘れ物をしてきた」と一回出かけたのだ。
まさかとは思うが、宵様なら、ありえる。
不敬どころではない。ほぼテロ行為に等しいのでは。
宵様が珍しく光城様に微笑んでいる。
「いい顔をしてるな。真澄」
「それは……ありがとう」
光城様は苦く笑うが、頬の痛みがあるためか、いつもより笑顔がぎこちない。
二人のやり取りにはらはらするも、罪悪感がふつふつと湧き上がってしまう。
「えっと……その……治しましょうか?」
小さく挙手すると、宵様には大変物騒な舌打ちと、光城様に無言の笑みを返されてしまった。
無言で凄まじく不穏な空気を醸し出す二人だ。
意思疎通が素晴らしい二人の共同作業のおかげで、自分の失言を正しく理解し、背筋が寒くなっていく。
手を出すな、『家畜もどき』の力は借りないってことですね。
しん、と沈黙が流れたその時。
廊下の方から、こちらに近づく足音が複数聞こえた。
足音がだんだんと近づき、部屋の前で止まる。
この地獄の空気を変えてくださいと場違いにも願いながら、扉に視線を向けて、私は目を疑った。
「螢様!」
「えっ? しのさん?」
しのさんが品の良いワンピース姿でそこに立っていたのだ。
驚く私の手を両手で包み込むように取るしのさん。
「はい! しのでございます。ですが、本当の名前は「美鈴」と申します。真澄の祖母でございます」
「え? 光城様の乳母さんでお祖母様なんですか? あれ?」
「ふふ。真澄の乳母は別におりますねぇ」
美鈴さんに答えて頂く度に、混乱してしまう。
「ど、どういうことでしょうか……」
ふふふと口元に手をあて朗らかに笑う美鈴さんは、これ以上お話ししてくれる気は無さそうだ。
すがるように光城様に視線で問いかけると、頭が痛いと言いたげに、大きなため息を吐く。
「あちらに控えるのが本物の『しの』で僕の乳母だよ。あの日は宵が拾った女の子を見るためにお祖母様が代わりに来たんだ」
光城様の様の視線の先に、先程屋敷内を案内してくれた白いエプロンをつけた白髪混じりの女性が立つ。
目が会うと、彼女は恭しく礼を取り、言外に肯定する。
「はあ、な、なるほど」
あの日のしのさんは、美鈴様で光城様のお祖母様だったということで。
どうりで、光城様と宵様に親しげというのか辛辣だった訳だ。
宵様は美鈴様だからこそ信頼できると屋敷に連れてきたのか。
宵様にそこまで信頼される女性がいるなんて、お二人はどんな間柄なのか。
もやもやと胸の奥がざわついてしまう。
「申し訳ございません。意地が悪い真澄のように、騙すみたいになってしまいました。孫の許されざる暴挙含め、重ね重ね大変申し訳ございませんでした」
ぼんやりとしていると、美鈴様に深々と大袈裟なくらい頭を下げられてしまった。
「いえ、頭を上げてください。怪しいのはそれはもう自覚してますので」
光城様に当てこすったみたいになってしまったが、紛れもない事実だ。
気まずそうに光城様が苦く笑うと、美鈴様が平坦な声で光城様の名を呼ぶ。
妙な迫力のある美鈴様に逆らえまい彼は、一言だけ「ごめん」と謝罪した。
「いえ。そのあの、それに敬語も⸺」
「それは勘弁してくださいませ!」
「いや、」
「伝説の神子様の生まれ変わり様にそれだけはできかねます! 私のことなぞにわずかでもお心を使われることなんて恐れ多いことでございます。お願いします!」
「待ってください! そのままで良いので! 落ち着いて」
危うく膝をついて平伏しかけた美鈴様の腕を掴み必死で阻止する。
「ん? 螢ちゃんが神子の生まれ変わりってどういうこと?」
「真澄! 螢様でしょう! 無礼よ」
美鈴様が弾かれたように立ち上がり、光城様をきっと睨みつけ、人差し指をびしと突きつけた。
私は、美鈴様の立ち上がった勢いに負け、足がふらついてしまう。すると、宵様が肩を抱き、支えてくれた。
「……おい、座って詳しく話せ」
地をはうような声の宵様に、我に返った美鈴様は完璧な淑女の微笑みを浮かべた。
「それではこちらへ」
私はまたしても宵様に抱えられながら、スカートの裾をひらめかせ、木立の上を飛んでいる。
雲一つない空の先に帝都の町並みが見えてきた。
もう何回も味わった浮遊感に慣れた私は、宵様に問いかける。
「えっと……これから伺うのは光城様のお家なんですか?」
「あー、少し離れたところにある。……お前その服初めて見たな」
「はい。光城様は洋装が多いので、そのお祖母様なら洋装を好まれそうだな、と思いまして」
じとりと顔を見つめる宵様にひやひやとしながら言うと、ぷいと顔を逸らされてしまった。
洋装は似合っていなかっただろうか。
今日は、レースの襟が可愛らい白いブラウスに、藍色のスカートをあわせた。
そしてポニーテールの根本には、やはり外せない宵様カラーである赤いリボンを結んだ。
最近おしゃれに目覚めてしまった暁の自信作『モダンなお嬢様』の装いらしい。
暁自らが、女性雑誌を読み込み提案してくれた。
提案者の彼が着ても似合いそうと思ったのは余談だ。
「似合っているが、別に真澄なんかに服を合わせなくていいだろう」
憮然と漏らす宵様の言葉に、ほっとすると同時に疑問が湧く。
「では誰に合わせましょう?」
「…………いや、誰かといえば……」
普段はっきりと答える宵様は珍しく口ごもり、眉間に深いシワが寄せた。
「服は誰かに合わせるものじゃないだろう」
「たしかに……そうですね」
「だろう」
難しい顔で頷く宵様は、いつも同じような着流しを着ているが、実は服装にとてもこだわりがあったようだ。
毎日選ぶのがめんどくさいと双子に漏らしていたはずなのに。
まあ、宵様なら何を着ようが毎分毎秒かっこいい。
そう納得したからか、つい言葉に漏れてしまった。オタクの悪いところが。
「でも、私は必ず宵様の赤色を身に着けたいですねぇ……うわっ」
ぐらりと身体が傾いた。珍しく、宵様が足を踏み外したみたいだ。
すぐに体勢を整えた宵様は、足を踏み外したことが恥ずかしいのか耳が真っ赤だ。
「あの……」
「それは続けろ」
「はい?」
「俺の色は毎日でも着けていい。許す」
顎を反らし命じる宵様だ。よくわからないが、推し公認で宵様カラー着用を許されたらしい。
「ありがとうございます!」
今までは、こそっと小物だけしか赤色を身に着けなかったが、これからは大胆にも服にも使っていこう。
思わず笑みがこぼれてしまう。
「おい。螢。つくぞ」
そう宵様が降り立ったのは、芝生の緑が息を呑むほど美しい、広々とした洋風庭園だ。
ついその広さと美しさにあんぐりと目と口を、開いてしまった。
色とりどりの花が植えられた花壇や大理石で作られた東屋。
虹がかかる噴水とたくさんの池が初夏の眩しい昼下がりの日差しにきらめいている。
宵様のお屋敷にある日本庭園とはまた違う麗しくも華やかな庭園。
絶対に1日で見て回れない庭園の先に瀟洒な建物がかすかに見えた。
さくさくと迷うことなく宵様はその洋館を目指し、庭園を歩く。
待ち受けていた様子の使用人の方に出迎えられ、洋館の中へ。
案内された応接室らしき室内には、優雅で豪奢なテーブルセットが置かれていた。
すでにもう到着していた光城様が立ち上がって迎えてくれる。
彼の姿を捉えた途端、ぎょっと目を剥く私を隠すように宵様が光城様との間に割り込んだ。
「あ、宵と螢ちゃん……こんにちは」
「ああ」
「光城様……本日はお招きいただきありがとうございます」
深々と頭を下げながら、私は先程の信じられない姿に冷や汗をかいていた。
皇太子殿下である光城様の右頬に濃い痣があったのだ。つい最近できたように、未だに赤く腫れていた。
その原因に思い当たりしかない。
昨夜、宵様は夕餉の前に「忘れ物をしてきた」と一回出かけたのだ。
まさかとは思うが、宵様なら、ありえる。
不敬どころではない。ほぼテロ行為に等しいのでは。
宵様が珍しく光城様に微笑んでいる。
「いい顔をしてるな。真澄」
「それは……ありがとう」
光城様は苦く笑うが、頬の痛みがあるためか、いつもより笑顔がぎこちない。
二人のやり取りにはらはらするも、罪悪感がふつふつと湧き上がってしまう。
「えっと……その……治しましょうか?」
小さく挙手すると、宵様には大変物騒な舌打ちと、光城様に無言の笑みを返されてしまった。
無言で凄まじく不穏な空気を醸し出す二人だ。
意思疎通が素晴らしい二人の共同作業のおかげで、自分の失言を正しく理解し、背筋が寒くなっていく。
手を出すな、『家畜もどき』の力は借りないってことですね。
しん、と沈黙が流れたその時。
廊下の方から、こちらに近づく足音が複数聞こえた。
足音がだんだんと近づき、部屋の前で止まる。
この地獄の空気を変えてくださいと場違いにも願いながら、扉に視線を向けて、私は目を疑った。
「螢様!」
「えっ? しのさん?」
しのさんが品の良いワンピース姿でそこに立っていたのだ。
驚く私の手を両手で包み込むように取るしのさん。
「はい! しのでございます。ですが、本当の名前は「美鈴」と申します。真澄の祖母でございます」
「え? 光城様の乳母さんでお祖母様なんですか? あれ?」
「ふふ。真澄の乳母は別におりますねぇ」
美鈴さんに答えて頂く度に、混乱してしまう。
「ど、どういうことでしょうか……」
ふふふと口元に手をあて朗らかに笑う美鈴さんは、これ以上お話ししてくれる気は無さそうだ。
すがるように光城様に視線で問いかけると、頭が痛いと言いたげに、大きなため息を吐く。
「あちらに控えるのが本物の『しの』で僕の乳母だよ。あの日は宵が拾った女の子を見るためにお祖母様が代わりに来たんだ」
光城様の様の視線の先に、先程屋敷内を案内してくれた白いエプロンをつけた白髪混じりの女性が立つ。
目が会うと、彼女は恭しく礼を取り、言外に肯定する。
「はあ、な、なるほど」
あの日のしのさんは、美鈴様で光城様のお祖母様だったということで。
どうりで、光城様と宵様に親しげというのか辛辣だった訳だ。
宵様は美鈴様だからこそ信頼できると屋敷に連れてきたのか。
宵様にそこまで信頼される女性がいるなんて、お二人はどんな間柄なのか。
もやもやと胸の奥がざわついてしまう。
「申し訳ございません。意地が悪い真澄のように、騙すみたいになってしまいました。孫の許されざる暴挙含め、重ね重ね大変申し訳ございませんでした」
ぼんやりとしていると、美鈴様に深々と大袈裟なくらい頭を下げられてしまった。
「いえ、頭を上げてください。怪しいのはそれはもう自覚してますので」
光城様に当てこすったみたいになってしまったが、紛れもない事実だ。
気まずそうに光城様が苦く笑うと、美鈴様が平坦な声で光城様の名を呼ぶ。
妙な迫力のある美鈴様に逆らえまい彼は、一言だけ「ごめん」と謝罪した。
「いえ。そのあの、それに敬語も⸺」
「それは勘弁してくださいませ!」
「いや、」
「伝説の神子様の生まれ変わり様にそれだけはできかねます! 私のことなぞにわずかでもお心を使われることなんて恐れ多いことでございます。お願いします!」
「待ってください! そのままで良いので! 落ち着いて」
危うく膝をついて平伏しかけた美鈴様の腕を掴み必死で阻止する。
「ん? 螢ちゃんが神子の生まれ変わりってどういうこと?」
「真澄! 螢様でしょう! 無礼よ」
美鈴様が弾かれたように立ち上がり、光城様をきっと睨みつけ、人差し指をびしと突きつけた。
私は、美鈴様の立ち上がった勢いに負け、足がふらついてしまう。すると、宵様が肩を抱き、支えてくれた。
「……おい、座って詳しく話せ」
地をはうような声の宵様に、我に返った美鈴様は完璧な淑女の微笑みを浮かべた。
「それではこちらへ」

