呪いの神子とサトリの契約婚 ~心を読める美麗妖は、お飾り妻を手放せない~


「はい?」
「ここは今、外界に声も思念も届かないよう術をかけられているということだ」

 宵に邪魔されたくなかったからね、と光城様は肩をすくめる。
 正直、引いた。皇太子殿下のなりふり構わなさに。
 そして、男同士の友情といっても良いのかわからないくらい拗らせ具合に。

「殿下は何がしたいのですか? あなたが先程おっしゃった通りに宵様は全てお見通しですよ」

 呆れ果て、こんな返答しかできない。
 光城様は、怪訝そうに首を傾げた。
 私の言葉の意味がわかっていないようだ。

「宵様はあなたを友人として信頼しています。多少今回のことを警戒されてはいますが、その意味がわかりませんか?」

 宵様があのねっちょりした想いを抱かれてながらも、友人関係を続けている。それが答えだろう。
 まったく宵様周りって、拗らせている人間が多い。自分を含めて。

 ちなみに、「めんどくさい」と顔に出した私の顔を穴が空きそうなほど見つめられても、答えはないよ。
 自分で気がついてくれ。

「寂しいってお顔に書いてありますよってことです」

 ため息を吐いた私に、光城様はびくっと身体を強張らせた。
 先程までの自信たっぷりの皇太子殿下はそこにいなかった。
 心を許した友人から、大切な話をされなくて、ふてくされてしまった不器用な青年。
 そう見えてしまったからなのか。

「私は……光城様といるときの宵様が好きですよ」

 慰めなのか、ただ推し愛を吐露したような言葉をかけてしまった。

「……嬉しいな」

 驚いたように目を瞬いた光城様はふわりと笑み崩れた。
 若干、恋する乙女のように彼が頬を淡く染めているのは、宵様が魅力的すぎるがゆえだろう。

 どうにも薔薇的絵面が浮かんできてしまう。私をそれを頭の中から全力で追い払い、今度こそ暇を告げる。

「では……本当にこれで失礼します!」

 光城様の追う声がするが、知らぬ。
 精神的負荷が限界に近いので、亜空間に閉じ込められていようが早くお屋敷に帰りたかった。

 ⸺宵様と双子の顔が見たい。

 最悪、術の御札を物理的に引きちぎるか、浄化の力で無効化できるはず。
 先程光城様が持っていた御札と文字は、里でもよく見かけていたものと似ている。大丈夫。

 早足で部屋から出て、螺旋階段を一目散に駆け下りる。
 極彩色に彩れらたステンドグラスから日差しが降り注ぐ玄関ホールへ降り立とうとしたが、できなかった。

 扉を切るような轟音が響き、目の前を分厚い木の破片が凄まじい速度で横切ったからだ。

「扉が飛んだ?!」

 扉は見るも無残に切り刻まれ壁に突き刺さった。
 ゆっくりと玄関の方を振り向くと、そこには抜刀した人影があった
 真っ赤な夕日を背負う宵様が、同じ赤い双眸を怒りに吊り上げている。

「螢!」

 宵様の鋭い声が耳をつんざく。
 ずかずかと屋敷に踏み入る宵様の形相はまさに鬼だった。思わずびくっと肩をすくませる。

「よ、宵様?」
「なんで屋敷にいない! 心配するだろ?!」

 近付いてきた宵様は私の両肩をガシッとつかみ、顔を近づけた。
 視界を占める宵様の顔はなぜか、心から私の安否を心配をしているようにみえる。

 さとりの宵様は光城様の企てなんてとっくに把握し、あえて静観していたはずでは。
 光城様は大事な友人だから、光城様だけの思いを汲んで。

「私のしん、ばいをしたんですか?」
「当たり前だろーが! なんで……」

 そこで言葉を止めた宵様は、はっとしたように固まった。
 おそらく私の思考を読んだのだろう。

 きょとんとした私の顔を凝視する宵様の顔つきが次第に変わっていく。
 なぜか泣きそうに苦しそう顔を歪めている。

 初めてみる推しの表情は本来ならどれも嬉しいはずなのに、胸がぎゅっと締め付けられる。

「お前がっ!」
「私が?」
「心を読めたら良いのに……」

 ギリッと奥歯を噛み締めるような切実な声。
 流石に私もさとりにはなれないと思う。
 訴えかけるような瞳に、反射的に謝罪が口をついた。

「すみません」

 宵様は切なそうに目を細める。
 そして、私の腕を強く引っ張り――そのまま、私の肩に自身の額を押し当てるように抱き寄せた。

「お前は阿呆だ」

 頭上から降ってきた微かな呟きのあと、沈黙が落ちる。

 首筋を宵様の美しい髪がさらりとくすぐり、抱きしめられていることも、距離の近さを感じてしまう。

 ふと、胸元からドクドクとひどく逸る心臓の音が伝わってきた。それも、二人分。

 もしかして、私が傷つくかもしれないと不安になって、あの宵様が緊張したのか。

「本当に心配してくれたんですね……」
「当然だろ……」

 ぶっきらぼうな声は、本心からの肯定だ。
 最近、なんとなくだが宵様の声や表情から汲み取れるようになってきた。

 ⸺そうか。私のことを心配するのは、宵様にとって「当たり前」のことなのか。

 今になって、ぬるま湯に浸かったような、心地よい嬉しさがひたひたと胸をみたす。

 宵様にとって、私はどんな存在なんだろう。

『家畜もどき』

 ふと先ほど投げかけられた光城様の台詞が脳内で蘇る。
 思いの外、あの言葉が堪えていたみたい。浮ついた頭に冷水を浴びせられたようにスッと熱が冷えていく。

 だが、宵様はがばっと私の身体を離すと、冷ややかな目で螺旋階段の上を睨み、刀の柄に手をやった。

「真澄。ぶっ壊してやる!」
「いやいや!」

 殺気を放ちながら柄を握る宵様の手を、慌てて両手で包み込み、ぐっと押さえた。

「その……的を射ていたなぁとおもいまして。勝手に宵様の家に居座るつもりですし……私」

 光城様の指摘は耳が痛くなるほど理屈が通っていた。
 今まで私が宵様になにも返せていないのも、『飼ってほしい』と言ったことも、事実だから。

 宵様の頼もしい手と私のみすぼらしい手を見ていたら、無意識に自嘲めいた言葉が零れた。

 短い沈黙の後。底冷えしそうなくらい低い宵様の声が落ちる。

「螢は俺の嫁だ」
「……」

 宵様は手の位置を入れ替えると、私の手を力強く握り返した。

「名付けて拾ったのは家に連れ帰るためだ」

 それは家畜でもしますけど、という無粋な疑問は、私を真摯に見つめる真紅の瞳が許さなかった。
 あくまで宵様の『嫁』と思えということですね。

 ――たとえ、形だけの夫婦であろうが。

 私が一人で納得していると、なぜか宵様が諦めたような、不満そうなため息をはいた。
 首元を緩めた軍服でため息をつくその姿は、見惚れるくらい色っぽい。

「ふふっ、やっぱり宵様は素敵です」
「おい、違う」
「はい?」

 首を傾げた私に、宵様は舌打ちをする。
 そして――

「旦那様だ!」

 大声が耳をつんざいた。
 玄関ホールの柱の影に隠れる使用人さんたちがびくっと頭を抱えてしゃがみこんでいる。

 反響するほどの大声と真っ赤な顔で、やっとその意味が分かった。

 宵様の手を引き、扉が無くなった玄関へと向かって歩き出す。

「旦那様。お家に帰りましょう!」
「ああ」

 心無しか、いつもより柔らかい宵様の声に、私の口端がだらしなく上がってしまうのは、もうどうしようもなかった。