呪いの神子とサトリの契約婚 ~心を読める美麗妖は、お飾り妻を手放せない~


 ​「すごいねー螢ちゃん。怪我の治癒だけじゃなく、呪いも解けるんだ」

 騒然とするこの街に、パチパチと場違いな拍手を響かせながら現れたのは、軍服に身を包んだ大勢の部下を引き連れた、光城様だった。

 ​あまりにも、タイミングが良すぎで驚くと同時に、彼が着ている軍服に既視感を覚える。

 そうだった。光城様がヒロインと出会ったのは、身分を隠し所属する帝国軍部隊『治安部隊長』任務の途中だった。
『治安部隊』とは名ばかりの、帝国で起こる妖関連のあらゆる事件が専門の特務部隊だったような。

 宵様は全く関係なく興味もないからうろ覚えだ。
 黒を基調とした軍服だけはかっこいいから覚えていたけど。

「治安部隊が来てくれたのか!」
「これでもう安心だぁ……」
「ありがとうございます!」

 光城様はテキパキと指示を出し、数人の部下たちが負傷者の治療や捜索に取り掛かっていく。
 
 治安部隊の統率のとれた迅速丁寧な仕事ぶりと登場により、街の人たちが笑顔を取り戻していく。
 
 日頃から彼等に多くの信頼を寄せているみたいだ。

 すごい。

 呆然とその光景を眺めていると、光城様は再び宵様へ向き直る。

 ​宵様は私を背後に庇うように一歩前に出ると、光城様を鋭く睨みつけた。


「……忙しい帝都治安部隊長殿が、俺たちになんの用だ」
「やだなあ、怖い顔しないでよ。僕はただ、事態の収拾に来ただけ」

 光城様はへらりと笑い、顔を巡らすと、倒れた妖女に貼られていた札へ視線をじっと留め置く。

 あれ?光城様は迷いなく、妖の背に貼られていた呪符へ視線を向けた。
 それに、さっき私が浄化したことにも驚いた様子もない。
 

「んーと……部隊長としては事件の詳細を聞きたいな」

 そして、光城様は笑みをふっと深め、宵様の背後にいる私を覗き込んだ。

「──螢ちゃんからさ」

 ひゅっ、と息を呑んでしまい、返事をしてもよいものか一瞬迷う。

 この呪符について説明できるのは私しかいないのに。

 どうしてだろう。
 サトリの宵様が保証するくらい良い方だけれど、些細な違和感が頭に残って、ざわざわと胸が騒ぐ。

 いつものように光城様は笑っているけれど、なぜか喉が詰まったように声がでない。
 
 一向に返事をしない私に焦れたのか。
 かつんと軍靴を鳴らし、光城様がさらに距離を詰めてきた。
  
「どうしたの螢ちゃん? 答えられない? ならさ⸺」
「……自分で良いだろ」

 ​即座に宵様が低い声で光城様の言葉を遮った。

「こいつは何も知らない。ただ俺と出かけて、巻き込まれただけだ」


 ぱちりと目を瞬いた光城様は、すいっと宵様に標的を変える。

「そ? なら……宵。君でいいよ」

 視線が逸れたことに胸をなでおろす間もなく、さらにこの場がひりつくような緊張感を孕みだした。

「鬼龍院侯爵として。明日、正式に登城してね」

 いつも軽薄な光城様から発せられたとは思えない威厳のある声が響く。

「……あい、わかった」

 ​静かな、けれど火花が散るような緊迫した空気が二人の間に流れる。
 私は宵様の背中に隠れたまま、ギュッと自分の手を握りしめた。
 ​様子の変わった光城様の本意は何もわからない。

 それに、『鬼龍院侯爵』と呼ばれていた。まさか宵様のことなのだろうか。妖なのに何故。


 頭を疑問符が埋め尽くしながらも、宵様の横顔が恐ろしく、険しい顔をしていることだけはわかった。

 今まで見たことがないほど。


 ◇◇◇◇


「宵様。お生まれになって下さりありがとうございます!!」

 翌朝、広い玄関に私の歓喜の雄叫びが響きわたる。

「なんで嬉しそうなんだよ……」
「ッ!! 軍服にその嫌そうな表情はご褒美ですよ! ありがとう世界!」

 光城様に昨日呼び出された宵様は軍服を纏っていた。
 双子曰く、度々宵様は光城様の要請で『治安部隊』の手伝いをして、報酬を得ているそうで、その際にはこの軍服を着用しているそうだ。
 ちなみに、サトリというのを隠すため『鬼龍院侯爵』という名前を、宵様は人間相手に名乗っているそうです。

 初めて知る事実に固まった。だが、それすら霞むほど軍服姿の衝撃は大きかった。

 ​「…………」

 ​先程、宵様をお見送りしようと玄関に向かった私はそのお姿を捉えた途端、その場に頽れた。
 ​何回でも言おう。だって宵様が、軍服を着ていたのだ。

 普段のゆったりとした着流しとは対極にある、身体の線を拾うかっちりとした漆黒の軍服。
 銀色の装飾とボタンが、高潔さと清廉さを際立たせている。
 目深に被った軍帽から覗く酷薄な紅い瞳が⸺

 ​(……っっっ!!)

 ​言葉にならない悲鳴が脳内を駆け巡ったのは仕方がない。

「宵様がかっこいい……」

 宵様の破壊力がとどまることをしらない。いや知っていた。
 ただでさえ美しいお顔なのに、禁欲的な軍服を纏うことで溢れる男らしい鋭い色気。
 最高。至高。あまりの尊さに、拝み倒したい衝動を必死に堪える。

 はちきれんばかりの想いに胸が苦しい。

 絶対に見せられない顔をしている私は、なけなしの乙女心で床にうずくまる。

「お嫁さんはほんとに宵様好きだな」
「仲直りできて良かったですね! 僕達のおかげですからね、宵様」
「お前たちのせいでこんな服着る羽目になったんだろうが……」
「それはアイツのせい!」
「僕達関係ありません!」

 双子と宵様がじゃれついている間に、私は両頬をパチンと叩き、気合で顔を上げる。
 せっかくの宵様の軍服姿を1分1秒も無駄にせず目に焼き付ける必要があるからだ。

「光城様も許してあげましょうよ! 軍服に免じて!」

 宵様の眩い軍服姿の前では光城様の件なんて些細なこと。
 
 昨日の光城様の様子は、違和感しかないけれど、この私が宵様の友人を疑うなんてできるはずがない。

 煩悩にまみれた私の言葉に、宵様の不機嫌な舌打ちが返る。
 さらにぎろりと睨まれるが、その視線と軍服のあいまったドSな表情に、胸がぎゅんとときめいて仕方がない。

「最高ですね!」
「あほ……」

 宵様は疲れたようにため息を吐いた。だが、軍服の効果でその仕草すら退廃的な色気を放つ。
 もうなにをしてもかっこいい。

 悶絶していると、玄関に朗らかな声が響いた。


 ​「迎えに来たよ、宵! 相変わらず嫌そうな顔してるねぇ」
 ​ 
 見れば、宵様と同じ軍服に身を包んだ光城様がご機嫌に立っている。
 聞けば、今日は一緒に登城するためにわざわざ迎えに来てくれたのだという。

 昨日の腹の底が見えない笑顔でなく、喜色満面といった笑顔だ。
 光城様はちらっと私の方を見た。

「おはよー。螢ちゃん。昨日は怖い思いしたけど寝れた?」
「えっと、はい。お陰様で……ありがとうございました」

 心から心配そうな顔で聞かれてしまう。
 彼の人となりを疑ってしまった後ろめたさに、私は深々と頭を下げる。
 すると、宵様が光城様の肩を組み、玄関へ向かいだしてしまった。

「ほら、さっさと行くぞ!」
「はーい」
「いってらっしゃいませ、宵様!」

 ​不機嫌さを隠そうともしない宵様と、対照的にこやかに笑う光城様を見送り、私はふう、と熱い吐息を漏らした。

 朝からとんでもなく眼福だったな。
 あの軍服姿を思い出すだけで、今日一日ご機嫌に過ごせそうだ。
 絶対にまたいつか着ていただこう。

 両拳を握り、そう決意を固めた。


 あとは光城様にもっと宵様のお話を聞きたいな。
 きっと私の勘違いだったんだよね。


 そう笑った数時間後。


『家畜もどきが宵へ近づくな』


 光城様にえげつなく蔑んだ目でこんな言葉をぶつけられるなんて、私は知らずにいた。



 ​