呪いの神子とサトリの契約婚 ~心を読める美麗妖は、お飾り妻を手放せない~

 私はヒロインの姉で、殺されるために生きている。

 ──でも、それは絶対に嫌。

◇◇◇◇

 宵に沈む鬱蒼と茂る森の中、少女は裸足でひたすら駆けた。
 暗闇を照らすのは満ちた月光と編んだ籠に閉じ込められた蛍数匹の淡い灯りのみ。その蛍も弱り、淡い黄緑色の光はなにも照らせない。

 (早く、今日しか無い。この日を逃したら、私は里のものに殺される!)

 しかし、焦燥のままに闇雲に地を蹴り続けた足は、ほんの小さな窪みに取られ身体が大きく傾く。とっさに地に手をつくも、膝から転んでしまう。

「っいたい……」
 
 膝から血が出て、触れた手がべっとりと生温かくぬめる。灼熱感にも似た痛みに顔を顰めた少女はすぐさま膝に手をかざす。
 少女の手のひらから白銀光が放たれると、膝の傷はみるみるうちに治る。

「よしっ」

 少女は血にまみれた手を着物の裾で拭うと、立ち上がり再び走り出した。

 やっとのことで茂みを抜け、大きな湖のほとりに辿り着く。
 満月が水面に反射し、鏡のように映り込む。
 少女は肩で息をしながら膝に手をつき呟く。

「はあ……はぁ…間に合った?」

 息を整えながら湖のほとりに首を巡らす。
 枝葉を大きく広げる大きな松の木の枝に腰掛ける人影を認めた。

 少女は疲れも忘れ、駆け寄っていく。

(あの人には嘘をついても見破られてしまうんだから、直球で!)

 少女は地面へ膝をつき両手をおく。そして、叫ぶと同時に土下座した。

「宵さまー!!!!薬として役立つ私を飼ってくださーい!!」

 ガザと茂みが揺れる音を一瞬出した人影がふわりと枝から飛び降りる。
 音も立てずに地に降り立つ長身の人影が照らし出される。

 風に靡く黒髪と血のように赤い瞳の青年は少女を無言で見下ろす。
 少女はひたすら呪文のように頭の中で早口で叫ぶ。

(宵様!私は癒しの神子なんです!宵様の呪いによる痛みもとることが⸺)


「……お前、なぜ俺の名と呪いを知っている?」

 宵が腰の剣の柄に手をやりながら口を開く。
 底冷えするようなその声音に少女は背筋が凍る。
 だが、少女は顔をあげ、眼光鋭い真正面の真紅の瞳を見つめる。

「ちょ、ちょっとお待ちください!私は転生者なんです。こことは違う世界の『日本』で暮らした人間です!嘘だと思うなら、サトリの力で記憶を読んでください!」

 青年は訝しげに片眉を寄せる。それから、少女の金色の瞳を見据え、瞠目した。

「……まさか」

 愕然とする青年の姿に少女は口端を緩ませる。

「はい。それでですね、私はもうすぐ殺されるので宵様のお嫁さんにしてくださいっ!」

 満面の笑顔でそう言った少女の明るい声が2人の間を通った。



◇◇◇


 まぶたに眩しい光を感じて、もう朝かと私は目を開けた。
 見慣れたボロ小屋の天井板の隙間、いつでも開けっ放しの窓から朝陽が射し込んでいた。
 この時代はガラス窓は高価だから仕方が無いけれど、窓枠だけの格子では雨が降りこむから困るのだ。
 今さら言ってもしょうがないのに、つい前世の暮らしを思い出してしまう。


「喉乾いたな……」

 うーんと伸びをして、水瓶を覗き込むと、もうほとんど水が入っていない。
 水面に映る伸びっぱなしの白髪と金色の瞳の少女とふと目があった。

 未だに転生後の自分の姿と色味に慣れない。
 前世は黒髪黒目の至って普通の女子高生だったのに。
 せっかく今は、顔は可愛いのに、この色だからな。

 柄杓で掬った水を直接口をつけ一気に飲み干す。
 冷たい水が喉を通る刺激で寝起きでぼんやりした頭が冴えてきた。

 早速私は今日やるべき仕事を考える。とにかくここでの暮らしは時間が足りない。
 初夏で日は長くなったけど、電気が無いここは夜になれば真っ暗。寝ることしかできなくなるからだ。すべて自分で手作業でするから時間がかかるくせに。
 
「やっぱり、水の確保が最優先かな……」
 
 持ちっぱなしの柄杓を水瓶の上に置きながら、近くの小川に水を汲みに行ったあとは、と考えた時。

 乱暴に扉を叩く音が耳に飛び込んできた。
 ミシっとボロい木の扉が軋むし、振動で土壁が僅かに欠ける。
 いつコレ壊されてもおかしくないよな。
 しかも直してもらえないだろうから、そそくさと唯一の扉の救助に向かうことに。
 
 私は布団の脇に畳んだ包帯を手に取り、慣れた手つきで頭に何重にも巻いていく。
 徐々に視界が真っ暗になるけど、歩数を数えながら、手を突き出し扉を開けた。

「遅いよッ!このグズ!」

 光を感じた瞬間、怒鳴られ、ガチャンと皿が悲鳴を上げた。
 怒鳴ったのは女中のキヌで、私のご飯が地面に直に置かれた音だ。たぶん。
 
 まあ落とされたようなものだけど、食べ物をもらえるだけありがたい。

「穀潰し。呪われて気持ち悪い」

 お礼を言おうと口を開いたけど、声を聞いたら呪われてしまうと再び怒鳴られてしまった。
 それでも私は、これ以上嫌われてご飯を運ばれなくなるのは困るから、おずおずと無言で頭を下げた。

「お館様もなぜこんな化け物を生かしておくんだ。いくら癒やしの力を持っていても化け物なんかに治されたくないだろうに……」

 皿を取ろうと膝を付いた私を見て、キヌはわざと聞こえるように大きく舌打ちをした。

「ほんとに……不気味な化け物」

 嫌悪を滲ませた捨て台詞を吐いキヌの足音が遠ざかっていく。

 何度も何度も転生してから言われている言葉だ。
 今さら傷つくものかと思うのに、喉の奥が詰まった。
 私は膝の上で拳をなんとか握り、足音が小さくなるまでその場に留まっていた。

 やがて足音が消え去ると、さわさわと葉の鳴る音が辺りを包んだ。
 
 小さく息を吐き、後頭部で結んだ包帯を解く。
 
 「金色の瞳を見たら呪われる」とこの里の者が恐れたために、うんと小さい頃から人前でだけ目隠しをしている。
 目隠しを取ると全く人が近寄らなくなり、食事を抜かれてしまうことがあって、それ以来必ず守っている。

 明るくなった視界を瞬きで慣らすと、地べたに皿が置かれていた。
 皿から握り飯が地面に落ち、砂まみれだ。
 ふう、と息で砂を飛ばし、握り飯を頬ばる。

「癒しの力を留めておくためだよ……」

 キヌの心無い言葉に私はひとり返す。

 砂利の味がする握り飯でも私にはありがたいからさ。

 生きていればお腹は空く。
 そう、生きていれば。

 まだ私は生きている。
 
 いや生かされているのだ。
 里の者達が望む娘が『癒しの力』を引き継ぐまで。

 富士山の麓にある隠れ里、ここ『龍華《りゅうげ》の里』は龍神の娘が里の男に惚れ嫁入りしたという伝説が残る場所。
 それ故か『癒しの力』を持つ娘が必ずひとりだけ生まれる。
 そして、この『癒しの力』は、神子が亡くなると、里で1番幼い娘に引き継ぐ。

 奇跡のような癒しの力を持つ娘は『神子』として里の中で大切に扱われる。

 けれど、数年前に生まれた『神子』の娘は白髪と金色の瞳をしていた。

 奇異な見た目だけでなく、その赤子を取り上げた産婆が目を合わせた直後、 突然人が変わったように赤子の首をへし折る狂行に走るという事件が起こる。
 当の赤子は首をへし折られたけれど、自身の癒しの力で速攻で回復し、けらけら笑っていた。

 それ以降、金色の瞳の呪い、桁違いの『癒しの力』を里の者は恐れるようになる。
 実の親でさえ恐れたその娘は里の外れの小屋に隔離し、徹底的に目隠しをするよう命じた。


 以上、この世界の私の設定だ。
 これだけでももりもりだと思うのに、さらにまだある。

 実はこの世界は、前世でどハマりしていた和風大正ファンタジーシンデレラ小説の中なのだ。コミカライズもしたし、アニメ化もした大ヒット作。

 ざっくりしたストーリーは、美麗な妖ヒーローにヒロインが嫁入りして玉の輿になる話だ。

 ならば当然、この世界にはヒロインがいる。残念ながら私ではない。
 
 ヒロインは『癒しの力』でメインヒーロー鬼とサトリの半妖『(よい)』の呪いを治癒することで仲を深めていく。
  
 お気づきだろうか。
 ヒロインでもない私がいる限り、ヒロインは『癒しの力』を持てない。
 逆に言うと、私がいなくなればヒロインは『癒しの力』を授かれる。

 今まで私が生かされているのは、ヒロインに引き継ぐまでの仮の器のため。

 数年前、お舘様という里で1番偉い人の家に娘が産まれた。名前は『瑞花(みずか)』。
 私はその名前を聞いた瞬間、ココが小説の世界だと思い出した。なぜなら、ヒロインの名前だったから。

 そこからは芋づる式に、自分がヒロインのために殺される実姉だと悟った。
 小説の終盤、たった1文で片付けられる命。

『瑞花が癒しの力を得たのは、実姉の元神子が両親に殺されたため。犠牲の上で得た力だった』

 これみよがしにヒロインの悲劇設定の踏み台にされたのだ。

 小説のファンだったし、読んだ時はヒロインに同情もしたけど、いざ自分がその立場になるのは無理。

 この日、私はなにをしても生き残ろうと決意した。


◇◇◇


「だから、私は宵様が呪いを癒やしにこの湖に来る日を待って、こうして会いに来たんですよ!呪いを解く力や未来も知ってる私!どうですか?!」

 私は宵様にこれまでの経緯を心と言葉で熱意を込め説明した。
 けれど、何故か言い募るたびに宵様が半歩ずつ後ずさる。

 前世の記憶を知られ、今さら化け物扱いされても痛くも痒くもない。
 勝手に知られてしまうのならば、その上で私の持つ情報である前世の記憶に興味を持ってもらうのだ。
 隠すことなどできないなら、それを利用する。私がとても利用価値のあるおもしれえ女だと。
 強かにおもしれえ女ポイントを稼ぎ、殺すよりも手元に置く有益性から珍獣扱い希望だ。

「お前が嘘をついてないことはわかった。だが、なぜ俺なんだ?」

 腕組みをした宵様は、未だ半身で尋ねた。

「好きだからです!」
「……は?」

 ピンと背筋を伸ばし笑顔で声を張る私に、宵様が虚をつかれたように口を半開きにした。

 その珍しいお顔も、他の人がしたらただ間抜けだけれども、さすが最推しはお色気あります。

 推しとはただ好きなのだ。それ以外に理由なんてないでしょう。

「宵様が好きなんです!あなたに会える日を待ちわびて、これまでの日を生きてきました!」

 妹が産まれ、残された時間がもうない。
 死の恐怖に怯える日々だったけれど、宵様に会うために準備する時間はその暗い気持ちを忘れさせてくれた。

 蛍を囲うために籠を編む時間、蛍を追いかける時間、指折り満月を待つ夜。

 私には未来を掴むため、かけがえのない、光のようなときだった。

「はっ!……この俺が?」

 自嘲するように口を歪め、額を押さえる宵様。

 宵様の影を滲ませた姿に、胸がズキリと痛む。
 彼の過去や生い立ちを考えれば、当然の反応。

 それでも私は宵様の全てに前世から救われ続けているから引き下がる選択はない。
 お側に自分をいさせて欲しい、とただ望む。

 諦めずに、「あの!」と右手を挙げる。
 
「それに……宵様の呪いの正体が見えるのはこの世界で私だけです!呪いがあなたの体に蛇みたいに巻き付いています!」

 実は呪いの正体も見える、とても極上な薬です。
 見返りに、住むお部屋とご飯をほんの少し分けてもらえるだけでいいです。
 自宅に置いておいて損をしないお得さです。さあ!お嫁さんにもらってください。

「呪いまで見えるのかお前……その瞳か?」
「たぶんそうだと思います。それにこれも……」

 目を眇め、半信半疑の宵様だ。
 それでも先程より身を乗り出しているから、やや好感触だ。
 
 治癒の効果を売り込むなら、実際に見せたほうが早い。
 籠の中で動けず光を失っていく蛍へ、私は手のひらから白銀光の癒しの力を流しこむ。

 ポワンと私の顔を白銀光が照らすと、蛍は籠の中で再び黄緑色の光の軌跡を描いた。

「なるほどな。癒しの力も本物か」

 宵様は感心したようにほう、と息を吐き、逡巡するように顎を撫でる。

 悩む宵様もカッコイイ。
 ほんの少しだけまつげを伏せて、真紅の瞳が陰るのが良い!
 
 夜風に宵様の黒の羽織がたなびく。
 揺れるたびに、焚きしめた香が鼻に届くけど、いいにおい!

 私が宵様の全てを堪能していると、ふと彼が身体を真正面に向けてこちらへ近づく。

「お前……名は?」

 意図せず口を噤んでしまう。

 名は無い。
 産まれ落ちたすぐの頃は、誰かが読んでいたのかもしれない。
 けれど、今の自分には名を呼ぶ父も母も記憶に無い。

 最も古い記憶はあの小屋であり、目隠しの暗闇の中。

 朝一度だけ、食事を運ばれるあの時だけが人と触れ合う時。あの時間でさえ、化け物と呼ばれる。
 だから、名を知ることなどできなかった。

 前世の名前を言おうにも、霞がかかったように思い出せない。
 誰にも呼ばれない名は不必要とでもいうように。

 人を人たらしめ存在するのは、名を持つから?

 なにを弁明しても、目の前の美しい男には全てお見通しだ。

 今この逡巡している間にも、宵様はひたりと赤い瞳で、俯く私を捉えつづけている。

 本当のことを言えばいい。

 宵様に全てを預けよう。

 膝の上で手を握り、口を開いたその時。

 はぁーと深いため息が落とされた。

「『螢』でいいだろ」
「え?」
「お前は今日から螢と名乗れ。ほれ、お前とそっくり」

 宵様が視線で示したのは、籠の中ではしゃぎまわる蛍。

 似てると言われても、どこがですか。
 
 大変釈然としないながらも、最推しからなにかをもらえたのだ。
 喜ばないものがいるだろうか。いやいない。

 名前をもらえた事実に無理くり喜びを引き出して頷く。 
 たぶん眉間には本心出てた。

「あはははっ!」

 宵様は耐えられないとばかりに笑って、私の頭を撫でた。

「んじゃ、螢。いくぞ!」
「はい?ひぎゃ!」

 
 大きな温もりを味わうこともできず反射で返事をした途端、視界がくるりと回って、お腹が衝撃が襲う。
 宵様の大きな肩に荷物のように担がれていた。

「は?え?苦しい!!」
「我慢しろ!さあいくぞ!」


 宵様は少しだけ悪どい笑みを浮かべると、困惑する私を担いだまま夜空へ。


 手が届きそうなくらい近くに満ちた蜂蜜色の月と星々の虹色の煌めきが降り注ぐ。

 その圧倒的に美しい光景と間近に感じる最推しの体温と匂い。

 今までの辛い日々が報われるよう。

「螢はいちいち大げさだ……」

 呆れたような優しい美声に、夜空が一気に滲みだす。


 宵様、ありがとうございます。

 私は、その日『螢』となれました。