鳳凰の贄姫は藍色の道標を見つける

本来なら燦々と輝く日差しの下で陽光をたっぷり浴びて登校するはずだった。それなのに、今日も窓の外は厚い灰色の雲に覆われ、雨が降っていた。もう何日も降り続け、青空を見たのはもう一週間も前だ。それまで一度も止むことなく、ひたすら道に水たまりを生み出し続けている。
どこにでもある公立高校の教室の窓から久世(くぜ)(かえで)は窓際の自分の席に着くと同時に外をぼんやりと眺めていた。
いつになったら止むのだろう。いつになったらまた青空が見られるのだろう。そもそもなぜ雨が止まないのだろう。梅雨なんてまだまだ先だ。梅雨だったとしてもずっと途切れずに雨が降るなんておかしい。日焼け止めを塗るのは少し面倒だけど、暖かな春の日差しの中で登校したい。
空から地面に落ちる雨粒を目で追っていると、すぐ側に二人の友人がいることに気づかなかった。
「楓?」
「あ、鈴音(すずね)
キリッとした目にすらりとしたスタイル。髪を高い位置でポニーテールにまとめていて、勝気そうな印象を与える幼馴染みであり親友の一ノ瀬(いちのせ)鈴音(すずね)は楓の顔を覗き込んだ。
「なんかあった?あたしたちが来たのに全然気づいてなかったけど」
「ううん、ちょっとぼーっとしてて。まだ雨止みそうにないからさ」
そう言って楓はまた窓の外に視線をやった。相変わらず雨は勢いを保ったまま、水たまりに波紋を作り続けている。
「まあ確かにね。全然止まなそうだよねぇ」
鈴音も楓に倣って窓の外を見つめる。
僅かな沈黙。それを破ったのはもう一人の友人だった。
「でも……もうすぐ雨止むかもしれないよ」
「え、そうなの?」
「なんでそんなことわかるの?」
楓と鈴音に詰め寄られて、深見(ふかみ)柑奈(かんな)はたじろいだ。
鈴音とはまた違って、丸っこいタレ目にふわふわしたお団子ヘア。身長もクラスの中で低い方に入る柑奈は可愛らしいお姫様のようだ。鈴音とは幼稚園からの付き合いだが、柑奈とは高校で同じクラスになったことがきっかけで仲良くなった。勝気な鈴音と大人しい柑奈、そして人見知りの楓。タイプの全く違う三人はなぜか一緒にいると心地よく、大きな価値観の不一致などもなく平穏に過ごしていた。
「あのね、今日お父さんが言ってたんだ。『雨が止まないからそろそろ生贄を捧げないといけないな』って」
「生贄?」
生贄。言葉くらいは聞き覚えがあるが、実際に使ったことはなかった。そもそもこの現代社会でそんな言葉を聞く日が来るとは思ってもいなかった。その言葉はどこかおぞましく、どこか異世界の言葉のようで、楓はいまいちピンと来ない。
「詳しく教えて」
鈴音も興味を持ったようで、まだ主の来ていない椅子に適当に座った。
柑奈も一瞬躊躇した後、空いている椅子の一つに座った。
「神社や寺には大雨とか台風が直撃するとか、そういうことを助けてくれるものがいるんだって」
「へえ。それで?」
「でもそういうことをするには若い女の子の生贄――贄姫(にえひめ)が必要らしいの」
「この現代社会でそんな古典的なことしてるの?なんか嘘くさい」
鈴音がバカにしたように鼻で笑った。楓も正直信じられなかった。しかし、柑奈は真面目な顔をしたまま続けた。
「そんなことないよ。だって妖魔がいるんだもん」
そう言われて鈴音も嘲るような表情をすっと戻した。
現在、日本には数多くの妖魔が人間と共存している。妖魔を見抜く方法を楓は知らないが、妖魔はやたらオーラがあって綺麗な顔立ちをしている。なんとなくわかる、という人も多いと聞く。妖魔なのだから、人間には到底不可能なことを涼しい顔でやってのけてしまうこともよくある。空を飛んだり炎を自由自在に操ったりとまるで超能力のようなことが平然とできてしまう。ただの一般人である楓には、どこかファンタジー小説のように思える。
妖魔というのはよくわからない。そんなことを考えていた時、
「あ、そこ俺の席なんだけどー?」
ふいに降ってきた三人のものではない声。間違いなく男の声だ。
「あ、ごめん隼人(はやと)
鈴音が座っていた席はこのクラス唯一の妖魔である隼人(はやと)千里(せんり)だった。確かハヤブサの妖魔だったか。捲られた制服のシャツからは、適度に筋肉のついた腕が見えている。芸能人といっても納得してもらえるような高身長と圧倒的な美貌。隼人の琥珀色の瞳に、今まで何人もの人間が魅了されたことか。噂だとファンクラブがあるとかないとか。実際、街でスカウトされてモデルの仕事もしている。天は二物を与えずとは妖魔には適用されないらしい。
「ああ、いいよ別に座ってて。俺、職員室行かなきゃだし」
「そう?ありがと」
「こっちこそ話の邪魔しちゃってごめんね。じゃ」
千里が離れていくのを確認して、鈴音は大きく息を吐き出した。
「隼人ってなんであんなに完璧なんだろうね?」
鈴音は千里を恋愛の意味で好きなわけではないが、やはりキラキラしたオーラに気圧されてしまうらしい。
顔がいい。スタイルがいい。性格も優しくて気が利く。成績だっていつも学年上位。むしろ欠点を見つける方が難しいまである。
「確かに隼人くんは完璧すぎるよね」
「うん。そりゃあファンクラブもできるよ。あれでできない方がおかしいくらい」
「そうだねぇ」
「この前も通学路歩いてるだけでいろんな人に声かけられてたの見たよ」
楓と鈴音の話題が千里に脱線していく。話を戻したのは柑奈だった。
「ねえ……そろそろ話を戻していいかな」
「あっ、ごめん柑奈ちゃん。続けて」
楓は慌てて口を噤み、柑奈の話の続きを促した。