火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 燦には自分の本当の姿を伝えていない。普段から着替えを見られないように十分気を付けていたし、燦が久遠の性別を疑うような素振りも一度もなかった。

 だとしたら……? 久遠はふと、自分の格好を見下ろす。

 燦の袍をめくって中を覗くと、元々身に着けていた衣装が乱れていた。
 祖父に襟を引っ張られ、更に海に投げ出され、しどけない姿となったところを燦に見られたのだろう。

 だから久遠のことを、女だと気付いたのだ。
 恥ずかしさのあまり、久遠は自分の膝にぎゅっと顔を埋めた。

(まさか……どこまで見られただろう。豪華な婚礼衣装だから油断して、いつもの(さらし)を巻いていなかったから……)

 もう一度、袍を捲って中を見る。駄目だ、やはり完全に見られたはずだ。

「……これまで、燦様を騙していて申し訳ありません」
「いや。何か事情があるんだろう? 俺のほうこそすまなかった」
「なぜ謝るんですか? 僕が悪いのに!」
「お前が女だとは知らず、毎晩俺の隣に寝かせて夢見をさせた。嫌だっただろう?」
「嫌なんかじゃ……ありません……」

 そう。嫌ではなかったのだ。どう答えたらいいか分からない。

 もしも久遠が燦のことを嫌っていたなら、夢見のために手を繋ぐのも、同じ寝台で並んで眠るのも、苦痛だったはずだ。でも、実際はそうではなかった。

 燦のことは、嫌いではないのだ。むしろ――。

「燦様。僕は幼い頃、蔵に閉じ込められていたとお伝えしましたよね? その時に祖父から男物の(かんなぎ)服を渡され、これからは男として生きよと命じられました。そうすれば、蔵から出してやると」
「そうか……それでずっと……」
「蔵から出て、陽の光の下に行きたい。頭の中はそればかりでした。おかしいですよね? 僕には蔵に閉じ込められる前の記憶はなかった。でも今ならこう考えると思います。きっと僕にも、陽の光の下で生きていた時があったのだと」

 久遠は、首に提げた月影の石を外し、握り締めた。

「お前の本当の名は、十六夜一葉だな?」
「覚えていません」

 思い出したい。
 だが、久遠の頭の中には相変わらず靄がかかっていて、思い出せない。

「燦様。祖父はこの石を見て、月主の宝物だと言いました。僕はこれを母の形見だと思っていました。母のことなんて何一つ覚えていないのに」