火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 つい、ため息が出た。

「やはり、僕が花緒様と入れ替わっておいて正解でした。もしも海に落ちたのが花緒様だったら……お腹の御子が危なかったかも」
「花緒だろうがお前だろうが、危ない目に遭わされたことには変わりない。十六夜にはそれ相応の償いをしてもらわねば。それにしても、十六夜の宝物を花緒が持っているはずがないのに、なぜ十六夜は花緒に拘るのだろう」
「……あっ、そうだ! 燦様、今の言葉で思い出しました!」

 久遠はその場に飛び起きる。
 崖で足を滑らせる直前、祖父は言った。久遠が首から提げた石は、月影(つきかげ)の石――月主・十六夜家の宝物であると。

 首飾りを取り出すために、体に掛けられた燦の袍に手を掛ける。
 すると、燦がその手を握って止めた。

「そのままでいろ」
「なぜです? 燦様の袍です。いつまでもお借りしているわけには」
「いいから。そんなことより、一つお前に確かめたいことがある」
「確かめたいこと……なんでしょうか」

 月影の石のことを伝えようと思ったのに、と、久遠は面喰う。

「……久遠。お前は、宝物殿が焼き落ちる場面を夢に見たと言ったな」
「はい。祖父に腕を掴まれた時、祖父の記憶が僕の頭になだれ込んできたのです。その時に、燃える建物を見ました」
「幼い頃のお前自身も、その場にいたのか?」
「……え?」

 久遠の心の臓が跳ねる。

 祖父の夢見をした時、確かに久遠は気が付いた。
 蔵に閉じ込められ、男装を強いられた少女――十六夜一葉(いちは)が、自分の正体であることに。
 だが、それは祖父が一葉のことを「蔵に閉じ込める」と言ったから気が付いたことである。久遠自身が、過去の記憶を取り戻したわけではない。

「僕もその場に……いたのかもしれません、分かりません」

 久遠は言葉を濁す。

「あの時、香宵(かよい)姫とともに、一葉という少女を見たと言っただろう?」
「はい……」
「その子が、久遠ではないのか?」

 燦は久遠をまっすぐに見た。

「燦……様? なぜそう思われるのですか。一葉というのは女の子で、でも僕は」
「女だろう?」
「……っ」

 言葉が出てこない。久遠は瞬きもできないほど固まって、ただ燦を見つめる。
 燦は答えず、ふいっと顔を逸らした。

(なぜ、僕が女だと気付いて……)