火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

(くそっ! 婚礼衣装が邪魔だ!)

 久遠が身に着けているのは花緒の婚礼衣裳だ。衣を何枚も重ねた上に、()紕帯(そえおび)できつく留めてある。このままでは衣が邪魔になって、岸まで泳ぎ切れそうにない。

 燦は久遠の紕帯を解き、上衣の襟に手を掛けた。
 崖の上で久遠と十六夜が揉み合いになった時に、襟元は既に緩んでいる。ぐっと力を入れて上衣を剥ぐと、燦は久遠を抱きかかえたまま水面に向かって上っていく。

「……っは!」

 息を思い切り胸に吸い込む。
 一心不乱に水を掻いてなんとか辿り着いた砂浜に、意識を失った久遠を寝かせた。
 体を横にするとすぐに水を吐いた。呼吸を確かめるが、問題はなさそうだ。

「……良かった。炎武の才で火をおこすか」

 才の本来の使い方とは違うが、形振(なりふ)り構ってはいられない。
 燦は側に落ちていた流木を左手に持ち、気を溜める。右手から生み出された炎の剣を流木に添えると、一気に燃え上がった。

 嵐のせいで相変わらず風は強いようだが、この砂浜はちょうど崖や岩があり風を避けられるので都合がいい。

 燦は懐から久遠の石を取り出した。切れた紐を結び直し、再び首から掛けられるように整える。

「ほら、久遠。お前の石だ」

 あえて声を出して話しかけるが、久遠はぴくりとも反応しない。
 いつもは結い上げている久遠の長い髪は、花緒と入れ替わるために下ろしてあった。水に濡れた髪が久遠の肩から体にぴったりと張り付いている。これでは寒いだろう。

 燦は久遠の首筋のあたりから、濡れて体に張り付いた髪をかき上げた。
 そこで、燦は異変に気が付いて手を止めた。

(女……? 久遠は、女なのか?)

 髪に隠れていた胸元が露わになり、燦は思わず視線を逸らす。
 これまでも、何度か疑ったことはあった。日紫喜の屋敷で花緒の代わりに祭祀を執り行った時にも、久遠は女にしか見えないと感じた。

 ……いや、むしろ女であって欲しいなどと考えたこともある。

(どういうことだ?)

 焚き火に当てて乾いた燦の上衣を、久遠の体の上から掛ける。
 長い睫毛、滑らかな頬、そして華奢な首筋。
 どこからどう見ても女であるのに、なぜ今まで久遠の正体に気が付かなかったのか。

 燦の頭の中には、十年前に見た一人の少女の姿が浮かんでいた。