火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 燦が止めるが、祖父の声は少しずつ久遠のほうに近付いてきた。

「燦王。恐れながら、十六夜家の先代当主、十六夜是誓(これちか)が申し上げます。燦王は『月を胸に抱く者』を后にする……と仰ったそうですな。その肝心の()とやらを確かめたのでしょうか?」

 祖父が淡々と尋ねる。しかし、誰も返事をしない。

「綺羅ノ国の后を決めるというのに、誰も花緒殿の()を確かめていないと?」
「……誰かと思えば、十六夜の覡か。俺は十六夜に、碧李領への同行を赦した覚えはないが」
「今はそのようなことを仰っている場合ではございませぬ。天意に沿わない后を立てれば、ますます天の怒りを買います。災いは碧李領に留まらず、綺羅ノ国すべてに及びましょう。燦王が我が孫の夢見をお信じになっているのであれば、今ここで()を確かめてはいかがか?」

 祖父は、花嫁の胸の(あざ)を見せろと言ったのか。
 分をわきまえない祖父の言葉に、久遠はごくりと息を呑んだ。

 花嫁の胸を(あらた)めるなど、夫となる燦以外に許されるはずがない。しかし、燦に胸を見られれば、久遠が女であることを知られてしまう。
 久遠は思わず、その場から一歩後退った。
 ぐちゃりという沓音が、ますます久遠の不安を煽る。

「王が后を選ぶのに、天の赦しが要るのか? 前王である兄も、前々王である父も、后は王自身が選んだはずだが」
「これまではそうでしたな。しかし、后を夢見で決めると仰ったのは、燦王ご自身。夢見によって得られた結果は天意ですぞ。王が婚礼前に花嫁に触れるのは(さわ)りがありましょうから、私が花緒殿の月を確かめましょう」
「……なんだと?」

 祖父は久遠に向かって歩いてくる。
 こんなにも堂々と、皆の見ている前で花緒に手を出そうとするとは。想定外の事態に、久遠は襟元をぎゅっと寄せて抗った。

「さあ、花緒殿」
「……」
「まさか、天を(あざむ)いて后の座に着こうと?」
「……っ!」

 どうすればいい? 久遠は頭を働かせる。

(祖父が花緒様を害そうとしたところを、衆目に晒すはずだったのに)

 このままいけば、久遠が花緒と入れ替わっていることを祖父に知られてしまう。十六夜の悪事を明らかにするどころか、天を欺いて花緒と入れ替わった久遠のほうが悪者となる。