火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

(婚礼の儀が終われば、嵐は止む。碧李(あおい)領を襲った崖崩れも止まる。皆がそう信じているけど……)

 風に揺れる燦の帛衣の背を見つめながら、久遠は考えを巡らせる。

 嵐は天の怒りではない――燦はそう言った。
 実際に、久遠が花緒の代わりに天禄殿(てんろくでん)で祭祀を行った時にも、嵐は起こらなかった。だから、燦の言うことは正しいのかもしれない。

 どうして、と頭が混乱する。
 これまでは、前王が病に倒れた時も、崩御した時も、燦の后ではない花緒が后の代わりに祭祀を行った時も、必ずと言っていいほど嵐が起こった。
 もっと過去に遡るならば、十六夜が日紫喜から火輪剣(ひのわのつるぎ)を奪おうとしたあの惨禍(さんか)の夜も、都を嵐が襲っている。

(それなのに燦様は、天の怒りと嵐は関係ないと言って――)

 久遠は再び、燦の背中を見つめた。
 祭壇の傍らでは、女官が新たな玉花を用意している。久遠がその女官のほうに一瞬視線を移すと、視界の端に嫌な相手の姿が見えた。

(あっ、お祖父様……!)

 十六夜の祖父が。烽火家の当主のすぐ後ろに控えている。
 久遠は慌てて目を逸らした。先ほどまでは姿が見えなかったはずの祖父が、こんなに近くまで迫っている。怖い。やはり祖父は花緒を狙っていたのだ。

 もう一度、領巾を深く被って俯く。
 不安を紛らわせるため、久遠は首から掛けている母の形見の石をぎゅっと握った。
 燦が玉花の奉納を終え、久遠の隣に戻る。次は久遠の番だ。玉花の奉納をするのは二度目で、手順は分かっている。

 玉花を持つ女官の前に進み出ると、女官が久遠に「領巾をお取りください」と耳打ちした。

(……どうしよう、領巾を取れば顔が見えてしまうのに)

 久遠は思わずその場で固まった。
 嵐の中での婚礼なので、雨避けとして領巾を被っていても不審に思われないだろうと、高をくくっていた。しかし、雨は婚礼の儀が始まる前に止んでいる。
 玉花は両手で天に掲げてから奉納しなければならない。風に飛ばされないように領巾を掴んでいては、両手が使えない。

 久遠が何も言えずにいると、烽火の背後から祖父が叫んだ。

「皆さま、お待ちください!」

 祖父の声は、嵐の中でもよく通った。久遠は振り向かずに待つ。

「なんだ? 婚礼の儀の途中だぞ」