火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「どこにいたんだ!? 一晩中探した」
「嵐の中を? ごめんなさい。野盗に絡まれたところを、あの方に助けていただいたの」

 二人が久遠を振り向いた。目が合って、久遠は小さく頭を下げる。

 男が久遠の前に近付いてきた。目の前に立たれると、ますます背の高さが際立つ。恐る恐る男の顔を見上げると、鋭く冷たい視線が久遠を刺した。

「……花緒が世話になった。どこの者だ? 後日礼をしよう」
「いえ、礼には及びません。旅の方が困っているのを、放ってはおけませんから」

 高貴な方と深く関わったと父や兄に知られたら、後々面倒なことになりそうだ。久遠は一歩ずつ後退り、花緒と燦から離れる。

「あなたのおかげで助かりました。本当にありがとう。またどこかで会えたら嬉しいわ」
「花緒様、僕のほうこそありがとうございました!」

 嵐の中、あの納屋で一人過ごしていたら、久遠は恐怖でどうにかなっていたかもしれない。手を握って一緒に眠ってくれた花緒には、感謝しかない。

(あ、そうだ。夢見の結果を……)

 花緒の手を握って眠ったことで、久遠は図らずも彼女の夢見をしてしまった。
 夢の中で見た光景、人影たちの間で交わされた言葉――それを聞いた久遠は察した。花緒の腹には今、赤子が宿っているはずだ。

「花緒様!」

 背を向けて歩き始めた花緒を呼び止める。顔だけ振り向いた彼女に向けて、久遠は大きく手を振った。

「お気をつけて! 元気な御子(おこ)が生まれますように!」

 そう言うと、久遠はくるっと振り向いて、十六夜の屋敷に向かって走り始めた。

 水たまりのしぶきが袴に飛んでいる。が、そんなことに構っている余裕はない。十六夜家の朝のお勤めに遅れてしまう。

(まだ日が昇ったばかりだから、走れば間に合う!)

 少しでも遅れれば、久遠を嫌う父や兄から、また折檻を受けるだろう。
 久遠は全力で里を走った。


   ◇


「久遠のばかやろ! あっちいけ!」

 三歳になる甥っ子からの罵声を聞き流し、久遠は石畳の落ち葉を黙って(ほうき)で掃き続けた。

 袴を掴んで引っ張る甥のほかにも、久遠の背中には生まれたばかりの赤子も負ぶわれている。こんな赤子ですら、久遠に恨みがあるのだろうか。おんぶ紐の中でぎゃあぎゃあと激しく暴れていた。