火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「違う。(おとしい)れられたのは我々のほうだ。十年前、天は十六夜からすべてを奪った。主家の地位も、月主に授かったはずの宝物も」
「すべてを消し去ってほしいと望んだのは、お祖父様では?」

 久遠は泥だらけの地面に体を起こす。
 頬をぶたれたせいで眩暈がしたが、ふらふらと立ち上がった。

「……久遠よ。お前、まさか儂の記憶を読んだのか?」
「ええ。お祖父様は僕の母さま――香宵姫に霧中の才を使わせ、十六夜が起こした過ちを消そうとした。そして僕を蔵に閉じ込めたんだ!」
「さすが久靄の血を引く娘。やはりお前も、記憶を司る才を持つのだな?」

 祖父は蛇のような目で久遠を見つめ、一歩ずつじりじりと近付いてくる。
 記憶を司る霧中の才を持つのは、雲主・久靄(くもや)家。久遠の母は、久靄家の姫――香宵だったのだ。

 久靄家の当主とは、合議の場で何度も顔を合わせた。
 あの当主が盲目でなければ、久遠の顔を見て孫であると気付いてくれたかもしれないのに。

「久遠……いや、一葉よ。天の怒りのせいで、十六夜には男児しか生まれぬ呪いをかけられた。お前は十六夜最後の女だ。日紫喜に嫁ぎ、綺羅ノ王を生むこともできるだろう?」

 祖父が再び、久遠の腕を掴む。

「燦王は后の出自に拘らないと言った。お前にも望みがある。お前が男装していた記憶を消し去り、花緒姫から月主の宝物を奪い返せ。そうすれば、お前が王の后だ!」

 祖父の手に力が入る。
 このまま捕まるものか。祖父は香宵姫と同じように、久遠の才まで利用しようとしている。都合の悪い記憶を消し去り、他家を欺いて、祖父が目指すもの――それは、火輪剣。そして、綺羅ノ王の座だ。

「――放せっ!」

 久遠は渾身(こんしん)の力を込めて、祖父の腕を振りほどく。
 突き飛ばされた祖父の代わりに、今度は父が掴みかかってくる。ぬかるんだ足元のせいで、上手く交わせない。

 また捕まるかと思った瞬間、天を真二つに裂いたかと思われるほどの轟音を立て、傍にあった木に雷が落ちた。

 父が怯む。
 その隙を見て、久遠は駆け出した。