火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 目を開けられないほどの海風が吹いている。祭壇の側にあった崖から海を見下ろすと、あまりの高さに眩暈がした。ここから落ちれば、あっという間に海の藻屑だ。

「おい、お前は十六夜家の久遠と言ったな」
「はい?」

 振り返ると、久遠に声をかけたのは烽火家の当主だ。

「婚礼の前に、燦王が話したいことがあると言っていた。碧李家の屋敷に戻れるか?」
「燦様が、僕を? 分かりました。すぐに参ります」

 燦と花緒は婚礼の準備で、崖の下にある碧李家の屋敷にいる。
 風雨の中で待つ五主家の面々の間を縫って、久遠は坂を駆け降りた。もうすぐ婚礼が始まるという時に、一体何があったのだろうか。不安が押し寄せる。

 屋敷の門をくぐり、誰かいないかと辺りを見回す。
 初めて来る場所だから、燦がどこにいるのか分からない。迷っていると、久遠の背後から嫌な声がした。

「久遠、ようやく見つけたぞ」

(誰?)

 振り向くと、そこには覡服に身を包んだ男が二人立っていた。

「お、お祖父様……! それに、父上も」

 思わず後退る。やはり来たのか。久遠の嫌な予感が当たってしまった。周囲に助けを求めようとしても、誰もいない。

(まさか、烽火の当主に騙されたか)

 燦が呼んでいると言われ、久遠は婚礼の場から離れた。そこにちょうど祖父と父が待ち構えていたのだ。二人が烽火に頼んで、久遠をおびき寄せたに違いない。

「久遠、お前は十六夜家に戻ってくるんだ」
「僕は燦様の従者です。絶対に戻りません!」
「また蔵に閉じ込められたいのか? お前をここまで育ててやったのは誰だ!」
「もちろん感謝しています。ですが、僕は帰れません!」

 戦わなければ。
 燦の従者となり、燦の側にいて学んだのだ。久遠には久遠のやりたいことがある。家に囚われては駄目だ、十六夜家に従う必要などないのだと。

「日紫喜の屋敷で、お祖父様たちの話を偶然立ち聞きしました。僕を燦様の后にするというのはどういうことでしょうか」

 久遠が淡々と尋ねると、祖父と父の顔色が変わった。

「その話をどこで? まさかあの時、碧李殿がお前を隠していたと?」
「お祖父様は僕を蔵に閉じ込め、男装させました。長い間、僕は苦しんできた。それなのに、今度は簡単に女に戻れと言うのですか? 僕は十六夜家にとっての駒ですか!?」
「そうだ! それの何が悪い!」