火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 ぼんやりとした光の中に、女の影が一人。
 その隣にもう一人、二人……と、人のような影がいくつか現れる。

 影が話している言葉は、久遠の耳に直接は聞こえない。が、その中身は久遠の心に直接伝わってくる。

(ああ、そうなんだ。今、花緒様はお腹に――)

 最も鮮明に見える人影は、きっと花緒のものだろう。その影から伸びた手が、まだ大きくは(ふくら)らんでいない腹に優しく触れた。

(花緒様、だから眠かったのか。先に教えてくれればよかったのに――)

 どれくらいの時が経っただろうか。
 久遠が重たい(まぶた)を上げると、明るい光が目に入る。昨夜、花緒と共に潜んだ納屋の壁の隙間から、朝日が細く差し込んでいた。

「あれ? もう朝……?」

 隣を見ると、ちょうど花緒も目を覚ましたようだった。眠そうな顔のまま半身を起こす。
 いつの間にか二人して麻布の上に横になり、並んで眠っていたようだ。

「……おはよう。もう嵐は去ったみたいね」
「はい、そのようです。お体が大丈夫そうなら、外に出ましょう」

 久遠が手を差し出すと、花緒は素直にその手を取って立ち上がった。
 雨上がり、道にできた水たまりに朝日が反射して眩しい。

 昨日の嵐で民家が壊れるほどの被害は出ていないようだが、道のあちらこちらには、木の枝や大きな石が転がっている。花緒の美しい衣が汚れないように、手をとってゆっくり歩いていると、背後から誰かが呼ぶ声がした。

「……花緒!」

 久遠と花緒が振り向く。
 するとそこには、一人の男が立っていた。花緒の名を呼んだということは、彼女の顔見知りなのであろう。

 年の頃は二十歳前後だろうか。背が高く、花緒と同じく質の良さそうな(ほう)を身に着けている。高く結った黒髪は、光の加減で赤味を帯びているようにも見えた。

(さん)!」

 久遠の手を放し、花緒が男に駆け寄る。あの男、燦という名らしい。