火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

『私はお前の祖父だ。お前の名は、今日から十六夜久遠。分かったか?』

 初めて会った祖父はそう言った。

(わたしは、男?)
『男の覡服を着ろ。男の言葉を話せ。お前は男だ、いいな?』
(こんなもの着たくない)
『まだ着ていないのか! 死ぬまでこの蔵にいたいのか?』
(いやだ、外に出たい。陽の光の下で走り回りたいの)




 ハッとして、目を開ける。

 十六夜家にいた頃、久遠のやりたいことはすべて封じられてきた。
 里から逃げだしたいと思ったことなど一度もない。
 今思えば、逃げれば良かったのだ。成長してからは四六時中見張られてもいなかったのだから、いつでも一人で逃げ出せたはずだ。
 ……そんな簡単なことにも、久遠は気が付かなかった。

(燦様なら、僕を助けてくれる?)

 顔を上げ、燦の顔を見つめる。

「蔵の中とはなんだ? 十六夜はお前を、真っ暗な蔵に閉じ込めていたと?」
「はい。僕の最初の記憶は蔵の中です。祖父が僕を閉じ込めたのだと思います。僕を追い詰めて、十六夜家の意のままに操るために」

 燦の顔が曇る。怒りのせいか、唇がわなわなと震えている。
 燦は綺羅ノ王だ。十六夜家と縁を切っても、久遠一人くらいなら世話になっても許してもらえるだろうか。

 だが、久遠にはまだ燦に隠していることがいくつもある。

(十六夜家が花緒様の命を狙っているかもしれないと知ったら、燦様は十六夜を許さないだろう。僕のことも都から遠ざけるかもしれない)

 だが、伝えぬわけにはいかない。

「久遠、お前の祖父の望みはなんだ?」
「僕にも分かりません。なぜ僕を蔵に閉じ込めたのか、なぜ必死に五主家に取り入ろうとするのか。その上、僕は今日、もう一つ恐ろしいことを聞いてしまったのです」

 誰にも聞かれないよう、久遠はもう一歩、燦に身を寄せた。

「隠居してほとんど外に出てこない祖父が、都に来ていたのです。父と庭で話していたのを、たまたま通りかかって聞きました。花緒様を消す(・・)、と聞こえました」
「花緒を、消す?」
「はい。十六夜の者が本当に申し訳ございません! 花緒様は、僕のような者に対しても親切にしてくださったお優しい方です。しかも今は身重で大切な時。どうか十六夜から、花緒様を守っていただきたいのです」