火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 涙ですっかり化粧が取れたぐちゃぐちゃの顔を、久遠は手の甲で乱暴にこすった。

(僕はどうしてしまったんだろう)

 都に来てから、よく理解できないことがたくさん起こる。
 存在しているはずなのにどこにもいない燦の母親、燃える屋敷、久遠の男装の理由、威風の才で蘇った過去の記憶、花緒の命を狙う十六夜――謎はたくさんあるのに、断片的すぎて何一つ線で繋がらない。

 知らず知らずのうちに、久遠の心の中は混乱して荒れていた。
 そんな時に、自分が女であることを思い知らされ、何かの(たが)が外れてしまった。

 女に戻りたい。でも、女に戻れば蔵に閉じ込められる――自分でも気が付いていなかったが、久遠はその葛藤に、がんじがらめにされてきたのだ。

 黙り込んだ久遠の手を取って、燦が歩き始める。天禄殿を後にして、久遠は祭祀の衣を着たまま燦の部屋に入った。
 力尽きて、そのままへたりこむ。泥だらけになった衣は着崩れてぼろぼろだ。

「久遠。確かめたいことがある」
「はい」
「お前は以前、十六夜家の当主に殴られていたが……幼い頃に、どこかに閉じ込められていたのか?」
「え?」
「先ほど言っていただろう。『また蔵に閉じ込めるくせに!』と」

 ……燦に真実を伝えていいのだろうか。十六夜の家では、真っ暗な蔵に閉じ込められていたのだ、と。

 何日なのか、何か月なのか、何年だったのか分からない。
 ただずっとずっと長い間、一人で蔵の中にいた。それが、久遠の覚えている最初の記憶なのだと。

「安心しろ。お前を十六夜に帰すつもりはない。ずっと日紫喜家(ここ)にいればいい。だから、もう我慢するな」
「燦様」
「十六夜は、お前を閉じ込めたんだな?」
「……はい。僕は小さい頃、真っ暗な蔵の中にいたのです。たった一人で」



 ――闇に包まれた蔵の中。
 覚えているのは、無造作に置かれ埃だらけになった箱や道具、冷たい床、風や雨にギシギシと揺れる壁。時折襲う、ひどい嵐。
 天井近くにあった小さな明かり採りの窓だけが、久遠と外の世界を繋ぐ光だった。

 日に一度の食事は、いつも久遠が眠っている間に戸の側に置かれている。誰とも顔を合わせたことはないが、どこかに自分と同じような人間が暮らしているのかもしれないと、少しだけ希望を持った。ある日――