火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 花緒の「終わったわ」という声に、恐る恐る目を開けて――鏡に映った自分の顔を見た。
 久遠はその時のことを、一生忘れないと思う。
 祖父から男装を強いられ、自分が女であることをひた隠しにして生きてきた久遠の、初めての()としての顔だった。

 燦の前に、女の成りをして出るのは初めてだ。

 ……いや。
 燦の前どころか、自分でも女の姿は見慣れない。

 鏡に映った自分の姿を見ただけで涙がこぼれそうなのに、この格好で祭祀の真似事などできるのだろうか。

「燦様」

 天禄殿で待つ燦に、うしろから声をかける。
 待ちくたびれて退屈していた燦は、振り返って久遠の姿を見ると、目を見開いた。

「……驚いた。本当に女みたいだな」
「そう……でしょうか」

 恥ずかしい。目を合わせられずにいると、燦が久遠の目の前に立った。
 顎に手を添えて、上を向かせる。

「……元々、男にしては華奢だと思っていた。化粧は誰が?」
「化粧は、花緒様がやってくださいました。衣は自分で着付けました。下手くそすぎて、偽物の后であることを天に見咎められるかもしれません」
「何度も言わせるな。嵐が起こったのは偶然だ。今からその証を見せよう」

 燦はニヤリと笑うと、久遠の胸に玉花を押し付けた。そして自分はさっさと祭壇の前に進む。
 昨日は和暮家の当主が読んだ祝詞を、燦が自ら読んだ。四方に拝礼して玉花を頭上に掲げた後、それを祭壇に置く。

「次は久遠だ」

 燦は久遠に手を差し出す。昨日、花緒にも同じように手を添えていただろうか。思い出せない。
 久遠は領巾や裙を踏まないよう、慎重に一歩ずつ祭壇に歩いた。

 もしも嵐が起こったら。そう考えると、足が震える。
 久遠が嵐を恐れていることを、燦は知らない。今にもくずおれてしまいそうなほど足を震わせながら、久遠は玉花を胸に抱いた。
 燦の真似をして、四方に拝礼する。

「燦様……次は、どうしたらいいですか」

 振り向くと、燦は久遠の背後から、久遠の腕に手を添える。後ろから抱擁されたような形になり、久遠の心の臓が飛び跳ねた。

「玉花の持ち方は、こうだ」
「ひっ」
「俺が腕を動かしてやるから、力を抜いておけ」
「は、はい」

 燦によって持ち上げられた久遠の腕が、玉花を頭上に掲げる。そして茎の根本を祭壇側に向けて、ゆっくりとその上に置いた。

「これで終わりだ、久遠」