火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 虫の声が響いている。
 燦はいつものように湯浴みを終えると、寝台の上でごろりと休みながら、久遠が雑務を進めるのを眺めていた。

(僕のこと見すぎだよ……)

 燦の衣を掛けてととのえ、茶を淹れるための湯を沸かし、その日の文を整理する。

 燦は何が楽しいのか、忙しなく動き回る久遠の一挙手一投足を、舐めるように見ている。気にしないでおこうと思っても、見られていると思うとつい緊張してしまう。
 特に今日は、父が久遠を燦の后にする……などという話を立ち聞きしたばかりだ。

(花緒様を消すという父の話を、燦様にも報告すべきだよな?)

 父の思い付きの案のようだったし、それを口にした瞬間に祖父が否定していた。だから、今すぐに花緒に危険が及ぶというわけではないだろう。
 しかしここで静観して、花緒に何かあってからでは遅い。

 燦にどう伝えようかと思案しているうちに、湯が沸いた。久遠のような身分の者にはあまり馴染みがないが、五主家のような高貴な家では、寝る前に茶を飲むことが多いという。

 すり鉢で茶葉を細かくして、湯を注ぐ。
 まだ茶の用意に慣れない久遠は、熱い茶器に指先で触れてしまい、あまりの熱さに飛び上がった。

「熱ッ!」
「久遠? 大丈夫か!」

 燦は慌てて寝台から下り、久遠の手首を掴む。赤くなった指先を、傍にあった水碗に浸けた。

「すみません、少し触っただけなので大事ありません」
「……心ここにあらず、だな」

 燦は久遠の手首を握ったまま、何かを探るように顔を近付けてくる。
 鼻と鼻がぶつかりそうなほどに、燦の顔が近い。気恥ずかしくなった久遠は、小さく声を絞り出した。

「燦様。今日の合議では、花緒様を后にという話になりましたが、燦様は本当にそれでよろしいのですか……?」

 思いのほか震えている自分の声に気が付いて、久遠は燦から視線を逸らした。

「今日一日、そんなことを気にしていたのか?」
「だって、まだ燦様のお母様のこともはっきりしていないのに」