火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「あの……何度も申し上げますが、僕は燦様の従者です。しかも覡としてはまだ見習い。碧李様のお役には立てないと存じます」
「それでも構わぬ。お前の父や兄よりは有能だ」
「僕には決められません。燦様と我が父にご相談ください」

 久遠と輝比佐は、睨み合う。久遠がここまで固辞しているというのに、輝比佐もなかなか引いてくれない。

「后は和暮の姫に決まったようなもの。だから、碧李家は燦王の政には深く関わらぬ。それはお前も同じだろう? 元はと言えば、燦王の夢見をするために従者となったのだ。后が決まればお役御免ではないのか?」
「それは、そうなのですが……」
「従者の任を解かれれば、お前が泣くほど嫌がっている十六夜家に戻ることになる。それよりも、碧李家に仕えたほうがいいと思うぞ。それに、もしもお前が十六夜に復讐したいというなら、手を貸すが」
「……復讐って」

 恐ろしいことを言う。なぜ久遠が十六夜に復讐など。

(僕は、そこまで悲壮感漂う顔をしていたのかな)

 父たちに見つからないように助けてくれたことはありがたいが、憶測で物騒な話をするのは止めてほしい。

 いずれにしても、久遠が覡として碧李に仕えるなどということを、父は許さないだろう。
 燦から従者の任を解かれたら、久遠は都を去るしかない。十六夜の里に戻り、父と兄に従う日々がまた始まる。祖父と父から「燦の后になれ」などという馬鹿げた命を受けるのかもしれない。

(……でも、そんなのは嫌だ。僕はまだ、燦様の仇が誰なのかを視ていない。それに、気になることがいくつもある)

 久遠が花緒の威風の才を受けた時、霧が晴れたように感じて記憶の断片が戻った。燃え上がる建物と、叫ぶ女――あの記憶が、燦の夢と重なっているのはなぜなのか。
 父の言葉にも、謎が多い。
 男装を止めて、久遠を燦の后にしようと言ったこと。花緒を消す(・・)と言ったこと。

 久遠がまだ知らされていないことが、たくさんある。それを解明しなくては。

(やっぱり、ここで輝比佐様のお誘いを受けるわけにも、十六夜家に戻るわけにもいかない)

 そのためには、燦と話さなければ――久遠は、輝比佐に頭を下げた。

「覡としてお仕えすることはできません。僕はここで失礼します。先ほどは本当にありがとうございました!」

 久遠は輝比佐の横をすり抜けて駆け出した。
 背後で久遠を呼び止める声が聞こえたが、振り返ることはない。