火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 このままでは見つかってしまう――両手で口を押さえて息を殺していると、久遠の目の前が急に暗くなった。人影だ。
 見上げると、そこに立っていたのは、碧李輝比佐だった。

「失礼。そちらに誰かいるのか?」

 輝比佐が、生垣越しに祖父に話しかけた。
 足元にいる久遠のことは、一瞥もしない。

「……貴方様は、碧李のご当主様ですね。私は十六夜家の先代当主、十六夜是誓(これちか)でございます」
「十六夜殿であったか。こんな奥まった所で人の声がしたもので、誰かいるのかと確かめに来たのだが、失礼した」
「もう合議は終わりで?」
「とっくにな。十六夜殿は、主家の誰かに用でも? 必要なら呼びに行くが」
「いえ、碧李殿のお手を煩わせるわけには参りません。和暮のご当主様と約束がありまして。合議が終わられたのなら、我々のほうから直接参ります」
「そうか。それでは」

 輝比佐は頭を下げた。父と祖父がその場を立ち去るまで、輝比佐もそこを動かない。
 しばらくして、輝比佐はようやく久遠に声をかけた。

「もう行ったぞ」
「……ありがとう……ございました。碧李様」

 久遠のただならぬ雰囲気を察して、父たちに見つからないよう助け船を出してくれたのだろう。
 輝比佐から差し出された手を取って、久遠もその場に立ち上がる。涙と鼻水を袖の端でゴシゴシと拭いた。

「お前は十六夜家の(せがれ)だろう? 泣いて隠れるほどの親子喧嘩でもしたのか?」
「いえ、そういうわけでは……。とにかく助かりました。僕は燦様の従者ですので、仕事に戻ります」
「燦とは夜も一緒なのだろう? 四六時中、傍で控えている必要はない。少し俺と話をしないか」
「え? でも……」

 合議での印象と同じく、強引な男だ。
 何度も断ったのに、輝比佐は「五月蠅(うるさ)い」とといって久遠の手を引く。人気のない庭に連れて来られ、そこでようやく久遠の手を放した。

「十六夜家の覡は随分としつこいと思っていたが、最近は碧李家には来なくなったな」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「俺はお前の父親を信じていない。和暮の姫の懐妊も、嵐が来ることも、一度も当たらなかったではないか。そこで……だが」
「はい」
「和暮の姫の懐妊を言い当てたお前を、碧李家の覡としたい」
「へっ?」

 久遠は目を丸くした。
 輝比佐は腕を組んだまま、余裕の笑みを浮かべて久遠の反応を窺っている。