火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 何を馬鹿なことを言っているのだ。
 十六夜家は主家でもなんでもない、ただの(かんなぎ)の家系である。
 確かに、燦は「后は五主家以外の者でもいい」と言っていたが、ほかの主家がそれを許すはずがない。何より天が許さないだろう。

(その上、燦様は僕のことを()だと思っているんだぞ……本当は女だと明かせと?)

 父と祖父の思惑はなんだ。そんなにも簡単に秘密を明かせるなら、なぜ今まで厳しく男装を強いたのか。

 久遠は生垣の下を少し移動して、父と祖父の側まで近付いた。久遠には気付かず、二人は会話を続ける。

「久遠の夢見で『月を胸に抱く姫』という話が出たせいで、和暮は少々図に乗っております。ここで何か手を打ちませんと」
「……確かに。久遠が燦王の后となれば、十六夜家の復古(ふっこ)も夢ではない。まあ、我が十六夜家の宝物を取り戻さぬことには何も始まらぬが」
「手っ取り早く、和暮の姫を消して宝物を奪い返しましょう」
「万葉人よ。そんなことを安易に口に出すな。誰かに聞かれたらどうする」

 祖父の声が、一段と低くなった。

(……花緒様を、消す(・・)って? 命を奪うってことか?)

 父と祖父の恐ろしい(くわだ)てに、久遠の足が震える。生垣から落ちた枯れ枝を踏んでしまい、乾いた音が鳴る。

「……誰か、そこにいるのか?」

 祖父の声が地を這った。

(まずい!)

 ここからすぐに逃げなければ。父と祖父に見つかりたくない。
 十六夜家には戻れない。もう、あんな蔵の中には二度と入ってやるものか。

(それに、今の話はなんだ?)

 男として生きると誓わなければ蔵から出さぬと、あれだけ脅した祖父。
 男装の呪いを、いとも簡単に解こうとする父。
 二人にとっての久遠は、十六夜家のために都合よく振り回すだけの存在なのか。

(花緒様の命を狙う理由だって、分からない)

 足音が生垣のすぐ側まで迫る。早く逃げなければと思うのに、すっかり腰が抜けて生垣の陰から動けない。