火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 間近で見ると、天禄殿で見た時よりも更に美しく見えた。

「これが気になる?」

 花緒が久遠の顔を覗き込む。

「はい。とても綺麗だなと思って。花緒様によくお似合いでした」
「きっと貴方にも似合うと思うわよ」
「僕が!? 滅相(めっそう)もありません! 花緒様のようなお美しい方にこそ、似合う衣です」
「気付いていないかもしれないけど、貴方もとても綺麗よ。男装なんかしているのが勿体(もったい)ないくらい。前から聞きたかったのだけど、自ら望んで男の格好をしているの?」
「いえ、そういうわけではありません……」

 肩から羽織った小袖の(えり)をぎゅっと寄せる。

 本当は、久遠も女の格好をしたい。こうして美しい衣を目の前にすると、尚更そう思う。胸が高鳴るのを感じ、あの衣に袖を通した自分の姿を想像する。

「ここで着てみてもいいわよ。人払いをしてあるから誰も来ないわ」
「で、でも……」
「いいから、さあ立って」

 花緒は先に立ち上がり、掛けていた衣を下ろす。

(ひらみ)()を帯で留めて……裙は和暮家の紋様入りだけれど、構わないかしら?」
「はい、もちろんです」

 花緒の手が久遠の腰に回り、紕帯(そえひも)を結ぶ。

 心の臓が止まってしまいそうだ。
 ずっと男として生きてきた。女物の衣も、長い髪を留める釵子(かんざし)も、美しく磨かれた宝珠も、無縁のものだと思っていた。

(自分の姿を見るのが怖いと思うなんて……)

 花緒に背中を押され、姿見の鏡の前に進み出る。怖くて目を開けられない。

「せっかくなら、髪も綺麗にしましょう」

 花緒は久遠の髪紐を解いた。高く一つに結っていた濡れ髪が肩に垂れ、雫がぽたぽたと滴り落ちる。

 久遠は瞼を上げた。
 髪から垂れた水滴で衣が濡れるのも忘れて、呆然と立ち尽くした。
 鏡に映った自分の姿に、息を呑む。
 言葉が出てこない。

(僕が、女の姿を……)

 足がガタガタと震え出す。十六夜久遠とは誰なのだ――自分で自分が分からなくなり、苦しくて息ができない。

「久遠、とても似合うわよ」

 花緒の言葉に、ハッと我に返る。溢れ出しそうな涙をなんとか堪える。

「花緒様、僕……」
「こうすると、やはり男には見えないわね。華奢だし小柄だし。なぜ無理して男装をしているの?」
「それは、本当は……」