火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 嵐は、時を追うごとに激しさを増していく。
 花緒を抱きかかえて走る燦と別れ、久遠はなんとか一人で宝物殿(ほうもつでん)まで辿り着いた。

 日紫喜家の屋敷は広い。しかも(まつりごと)が行われる公の場と、日紫喜家の者が暮らす私的な場は、板塀(いたべい)生垣(いけがき)で複雑に区分けされている。
 天禄殿(てんろくでん)も宝物殿も屋敷の北側にあるのだが、ここまで来る間に既にかなりの時を要した。その間にも、雨風はみるみる強くなっていく。

 火輪剣を日紫喜家の宝物殿にいる舎人(とねり)に預け、胸を撫でおろしたのも束の間――次は、燦の部屋のある邸まで走って戻らねばならない。

 ただでさえ嵐が怖くて腰が引けている。この風雨の中を燦の部屋まで走り切れるだろうか。

(しかも、これじゃあ男装していることを知られてしまうよ)

 風雨のせいで久遠の(かんなぎふく)服は濡れ、透けている。その上、胸の膨らみを隠すための(さらし)も、いつの間にかほどけて緩んでいた。
 この姿で燦の部屋に戻れば、すぐに久遠が女であると知られてしまう。

(かと言って、ずっと宝物殿(ここ)にいるわけにもいかないし……)

 宝物殿の舎人も、雨戸を閉め終えたらここを離れるはずだ。いつ止むとも知れない嵐の中、一人で夜を明かすのは怖い。
 空には厚い黒雲が渦を巻いている。日はすっかり隠れ、今が夕方なのか夜なのか、それすらも分からない。

(そうだ、花緒様……!)

 ふと、花緒の顔が頭に浮かぶ。
 花緒ならば久遠が女であることを知っている。上に羽織(はお)る衣一枚でも借りられれば、あとは自分の力でなんとかできる。
 幸い、花緒の暮らす邸はここから近いではないか。

(……行ってみるか!)

 久遠は花緒の部屋に向かって走った。庭のほうから回って中を覗くと、ちょうど戸を閉めようとしていた花緒と目が合った。

「……久遠? 大変、早く中へ!」