天禄殿を吹き抜ける風が、突然湿った空気に入れ変わった。
久遠の背中に悪寒が走る。
しかし異変に気が付いたのは、久遠だけではなかった。周囲の者たちも辺りを見回し、顔を見合わせている。燦は花緒に声をかけ、傍に呼び寄せて身構えた。
天禄殿の柱と屋根が、ガタガタと音を立てて揺れ始める。間もなくして、板張りの床も軋んで異様な音を立て始めた。
「……来るぞ! 嵐だ」
誰かが声高に叫ぶ。
その声に、戸の側にいた者たちが殿舎の中から一斉に外に目を向けた。久遠も開いたまま戸に手をかけて天を見上げる。遠くの空から、どす黒い雲がものすごい速さで都に迫っていた。
「天が、偽物の后を見咎められたのだ!」
烽火の当主が大声を出した。
恐れをなした舎人や女官たちが、誰からともなく天禄殿から飛び出し、散り散りに逃げて行く。あっという間にあたりは混乱に包まれた。
「燦様、花緒様!」
従者として、主を放って逃げるわけにはいかない。天禄殿から出ようとする人の波に逆らって、久遠は燦の元へ駆け寄った。花緒は腰が抜けたようで、床に座り込んでいる。
「嵐が来る前に、早く逃げましょう!」
「久遠、俺は花緒を屋敷まで運ぶ。お前は、その剣を持てるか?」
「剣……って、あの火輪剣のことですか?」
祭壇の上には、火輪剣が残されている。開け放たれた戸から吹き込む風に逆らって、一人の女官が火輪剣を守るように祭壇に覆いかぶさっていた。
そのほかの宝物は、既に祭壇の上にはない。各家の当主が持って逃げたのだろう。
「久遠、頼む。お前が花緒を抱いて運ぶのは無理だろう?」
「はい……それは確かに」
燦は花緒を抱き上げる。久遠も急いで祭壇に駆け寄った。
そこにいた女官に声をかけ、先に逃げるように伝える。天禄殿には燦と花緒、そして久遠だけが残された。誰もいなくなった殿舎に、激しさを増した風雨が降りこむ。
(嵐が近付くのが速すぎる!)
怖い。迫りくる嵐、雷の音。
火輪剣を目の前にしているというのに、嵐に対する恐怖のあまりに、耳を塞ぎたくて堪らない。
(駄目だ、今は怖がっている場合じゃない。早く剣を)
綺羅ノ国の王、日紫喜の宝物、火輪剣。
久遠のような身分の低い覡にとっては、触れるだけでも恐れ多い代物だ。
久遠の背中に悪寒が走る。
しかし異変に気が付いたのは、久遠だけではなかった。周囲の者たちも辺りを見回し、顔を見合わせている。燦は花緒に声をかけ、傍に呼び寄せて身構えた。
天禄殿の柱と屋根が、ガタガタと音を立てて揺れ始める。間もなくして、板張りの床も軋んで異様な音を立て始めた。
「……来るぞ! 嵐だ」
誰かが声高に叫ぶ。
その声に、戸の側にいた者たちが殿舎の中から一斉に外に目を向けた。久遠も開いたまま戸に手をかけて天を見上げる。遠くの空から、どす黒い雲がものすごい速さで都に迫っていた。
「天が、偽物の后を見咎められたのだ!」
烽火の当主が大声を出した。
恐れをなした舎人や女官たちが、誰からともなく天禄殿から飛び出し、散り散りに逃げて行く。あっという間にあたりは混乱に包まれた。
「燦様、花緒様!」
従者として、主を放って逃げるわけにはいかない。天禄殿から出ようとする人の波に逆らって、久遠は燦の元へ駆け寄った。花緒は腰が抜けたようで、床に座り込んでいる。
「嵐が来る前に、早く逃げましょう!」
「久遠、俺は花緒を屋敷まで運ぶ。お前は、その剣を持てるか?」
「剣……って、あの火輪剣のことですか?」
祭壇の上には、火輪剣が残されている。開け放たれた戸から吹き込む風に逆らって、一人の女官が火輪剣を守るように祭壇に覆いかぶさっていた。
そのほかの宝物は、既に祭壇の上にはない。各家の当主が持って逃げたのだろう。
「久遠、頼む。お前が花緒を抱いて運ぶのは無理だろう?」
「はい……それは確かに」
燦は花緒を抱き上げる。久遠も急いで祭壇に駆け寄った。
そこにいた女官に声をかけ、先に逃げるように伝える。天禄殿には燦と花緒、そして久遠だけが残された。誰もいなくなった殿舎に、激しさを増した風雨が降りこむ。
(嵐が近付くのが速すぎる!)
怖い。迫りくる嵐、雷の音。
火輪剣を目の前にしているというのに、嵐に対する恐怖のあまりに、耳を塞ぎたくて堪らない。
(駄目だ、今は怖がっている場合じゃない。早く剣を)
綺羅ノ国の王、日紫喜の宝物、火輪剣。
久遠のような身分の低い覡にとっては、触れるだけでも恐れ多い代物だ。

