火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「嵐なんてじきに通り過ぎるわ。……と言いたいところだけど、さすがにこの風と雨は尋常ではないわね」
「都のほうから来る嵐は、凶兆です。天が綺羅(きら)に対してお怒りなのです」
「天のお怒り?」
「はい。僕は十六夜家の(かんなぎ)なので分かります。都で良くないことがあると、決まって天がお怒りになって嵐を起こすんです」

 昨年の嵐は特にひどかった。この里でも民家が多く壊れ、家を失った民たちが十六夜家の屋敷に大勢押し寄せた。

(あの日は確か、綺羅ノ王である日紫喜耀(よう)様が病に倒れたのだと聞いた気がするな)

 天は、綺羅ノ国と五主家の人々をよく見ていらっしゃる。
 この国に何か悪いことが起ころうものなら、すぐにでもこうして嵐を起こすのだから。

「都で良くないことって……まさか……」

 花緒が眉をひそめた。

「花緒様、何か心当たりでも?」
「え? ああ……そうなのよ。だから急いで都に戻ろうとしたのだけど」
「……あの野盗に出くわしたというわけですね」

 花緒が頷く。
 急いでいる相手を引き留めたくはないが、今ここを出るのは危ない。嵐が収まるまで待とうと久遠が言うと、花緒は返事をする代わりに久遠の手を握った。

「震えているわ。手を繋いだまま少し休みましょう」
「ありがとうございます。いいのですか……?」
「ええ。そんなに怖がっているあなたを放っておけないわ」

 花緒はあくびをすると、久遠の肩に頭を寄せ、目を閉じる。
 しばらくして花緒の寝息が聞こえてくると、久遠もそれにつられて急激な眠気に襲われた。

(あっ、まずい……このままでは……)

 久遠が握られた手を引くと、花緒は眠ったまま反射的に逃すまいと力を込める。久遠の左手と花緒の右手が、しっかりと合わさった。

 その瞬間――。

 久遠の耳に轟々(ごうごう)と響いていた風雨の音が、ふっと消えた。
 目の前が真っ暗になり、星一つない夜空の真ん中に放り出されたような感覚にとらわれる。
 声を出そうにも、喉が詰まって言葉が出ない。
 五感がすべて閉ざされたあと、遠くに一人の女性の影がぼんやりと現れた。

(……夢見の才だ)

 十六夜家は五主家には含まれないが、皆、「夢見の才」を持って生まれる。