火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 朝堂の北側にある天禄殿(てんろくでん)には、祭祀のために続々と人が集まっている。殿舎に入る五主家の面々の列に続いて最後尾についた久遠は、下座に立って燦と花緒の到着を待った。

 しばらくして、(とき)を告げる太鼓が鳴り止むと、燦がゆっくりと天禄殿に上がってきた。その手には玉花を高く掲げている。祭祀用の斎服は、白の練り絹。いつもの燦とは違って、凛として見えた。
 燦の後ろには、同じく正装をした花緒が続く。

(わあ……花緒様、綺麗だ)

 桃色の領巾(ひれ)を揺らし、花緒はゆっくりと歩を進める。その()には和暮家の紋が施されていて華やかだ。髪に飾られた真紅の玉花も、花緒の清楚な雰囲気に似合って美しい。

 男ばかりの十六夜家で育った久遠は、女の衣服を見慣れていない。だが、そんな久遠が見ても一目で虜になってしまうほど、花緒の衣装は特別に美しく感じられた。

(……僕も、着てみたい)

 一瞬そう考えて、ハッとした。
 女の衣を着たいと思ったことなど、これまで一度もなかった気がする。
 そもそも十六夜家には、久遠と年の近い少女はいない。だから一度も、誰かの衣に憧れを抱くという機会がなかったのだ。

(男装しなければならない僕にとっては、あんな衣装は夢のまた夢だけれど)

 久遠は花緒から目を逸らし、自分の覡服を見下ろして息を吐いた。

 皆の心配をよそに、祭祀は滞りなく進んでいく。
 和暮家の当主が祭壇に向かって祝詞を奏上する。それに続いて燦が四方に拝礼した後、玉花を祭壇に捧げた。
 次はいよいよ、花緒の出番だ。

 前王の頃から祭祀に慣れているはずの花緒も、今日は緊張して手が震えている。久遠の側で見ている五主家の面々は、花緒を目で追いながらごくりと息を呑んだ。

(嵐が起きませんように……!)

 久遠は目を閉じて祈った。
 花緒が后の代理を務めれば、天が怒って嵐を起こすかもしれない――合議の場で、五主家は念のため、民に向けて予め触書(ふれがき)を出すことを決めた。
 触書を見た都の民たちは、今頃は家に籠り、雨戸を閉めて祭祀が終わるのを待っているだろう。

 花緒が玉花を奉納する。一度祭壇に向けて頭を下げ、一歩後ろに下がった。
 ――祭祀はこれで終わる。

 無事にやり過ごすことができたと、誰もが胸をなでおろしたその時――。