火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「うーん、またか」

 今朝も庭の落ち葉に囲まれて、久遠は唸った。

 目下の悩みの種は、十六夜家から毎日のように届く()である。
 十六夜家の小間使いが足りず困っているとか、甥っ子たちが久遠はどこだと騒いでいるとか、早く戻ってこないと冬支度が間に合わないとか。
 くだらない理由ばかりを並べ立て、父が里に戻るように催促してくるのである。

(今は絶対に帰らない。燦様が僕の夢見を必要だと言ってくれている間は)

 久遠は手紙を拳で握り、乱暴に懐に突っ込んだ。

「久遠! おはよう」
「あっ、花緒様! おはようございます。今朝も冷えますね」

 珍しく、燦の邸に花緒が訪ねてきた。

「燦はいるかしら」
「いえ、燦様は早くからどこかへお出かけです。行き先までは聞いておりませんが」
「そうなのね……」

 花緒は一瞬目を伏せたが、すぐに久遠に笑顔を向けた。
 懐妊したばかりの時期だが、悪阻(つわり)はなさそうで一安心だ。

「花緒様。長く外にいらっしゃると体が冷えます。お部屋にお戻りください。燦様が戻ったら、花緒様がいらしたことを伝えておきますので」
「ありがとう。でも、少し散歩をしたい気分なのよ。和暮の両親や兄だけでなく、五主家の当主たちからも安静にしろと言われて息が詰まるわ。みんな、私じゃなくてお腹の子を心配しているのでしょうけれど」

 まだ張り出していない腹を撫でながら、花緒はため息をついた。

(花緒様のお立場も複雑だよな……)

 花緒はきっと、実家の和暮家から「燦の后になれ」とせっつかれているだろう。お腹の子のことだけを考えていたくても、そうはいかない。
 久遠は自ら申し出て、燦の代わりに花緒を散歩に誘った。日紫喜家の庭は広く、一周するだけでもいい気分転換になる。

「久遠は毎晩、燦の夢見をしているの?」

 花緒が久遠に尋ねた。

「そう……ですね。毎晩です」