火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 白衣の袖を少しめくって腕を見せると、彼女はようやく安心したようだった。緊張が解けた口元に、ほんのりと安堵の笑みが浮かぶ。

 実を言うと、久遠が女であることを知るのは、久遠の父と祖父のみである。一緒に暮らす兄ですら、久遠の正体を知らない。

(本当は女だということを、誰にも言うなと口止めされてはいるけど……)

 もう二度と会わない旅人の彼女になら、この秘密を伝えても差し支えないだろう。

 久遠は納屋の中に入り、持っていた荷の中から麻の布切れを取り出した。地面に敷いた布の上に二人並んで腰かけ、壁にもたれて身を寄せ合う。

「こんな襤褸(ぼろ)の布しかなくてごめんなさい」
「いいえ、ありがとう。いつか必ずお礼をするわ。私は……花緒(はなお)といいます」
「花緒様? 素敵な名前! それにしても、なぜ一人でいたんですか? まさか女の身で一人旅ではないでしょう?」
「ええ。この十六夜の里で、私を迎えに来る人と落ち合うことにしていたの」
「では、その方もきっと今頃、花緒様を探していますね」
「約束の宿に来ないから、心配しているかもしれないわ」

 花緒の言葉が聞き取りづらく感じるほどに、外では雨が激しく降り始めている。
 木を雑に打ち付けただけの襤褸(ぼろ)納屋は、風を受けて激しくガタガタと音を立てた。約束の宿とやらに連れて行ってあげたい気持ちはあるが、この雨では外にも出られそうもない。

 何より久遠は、都からやって来るこの凶兆の嵐が、昔から大の苦手だった。

 激しい風雨が里に近付くにつれ、体の奥底から得体の知れない不安と嫌悪感が込み上げてくる。冬でもないのに全身を寒気が襲い、血の気を失った手足は端から見ても分かるほどに小刻みに震える。
 何年かに一回程度のことではあるが、凶兆の嵐の日は決まってそうだった。

(今夜はこの納屋で過ごすことになりそうだな)

 花緒を不安にさせまいと平然を装うが、それも長くは続かない。久遠の手が震えていることに、花緒はすぐに気が付いた。

「大丈夫? まさかあなたは雷が怖いの?」
「はっ、はい……雷というか、嵐が全部」
「嵐に何か嫌な思い出でもあるのかしら?」
「そういうわけじゃないんですが、理由もなくなぜか恐ろしくて……ぎゃあっ!!」

 すぐ近くで、激しい雷鳴。
 涙目になった久遠は、思わず花緒の腕にしがみついた。