火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 燦が持ってきたのは、小豆餅(あずきもち)だ。蒸した小豆を餅に混ぜて油で揚げたもので、手が込んでいる。日紫喜家に来て初めて小豆餅を食べた時に、久遠があまりの美味しさに泣いて喜んだので、燦はこうして時々小豆餅を持ち帰ってくれるようになった。

「痛っ……」

 慌てて餅を頬張った勢いで、口の中を歯で噛んでしまった。
 頬を押さえていると、燦が悲しそうな顔で久遠の頬にそっと触れる。

「……まだ痛むのか?」
「いえ、もう治りました」

 口の中を噛んだことではなく、久遠が父に殴られた時の傷を心配しているようだ。
 十六夜の父に殴られたのは、もう二週間ほど前のこと。口の中が切れて出血したものの、その傷もすっかり治った。頬の痛みも腫れもほとんどない。

 一国の王ともあろうものが、従者をこうして心配してくれるのはありがたい。が、いつも偉そうで横暴な態度の燦が急に優しくなると面喰う。
 燦は縁側に寝そべり、一枚の落ち葉を太陽に透かしてじっと見つめた。

「久遠。夢見についてだが、何か新たに見えたものはあるのか?」

 落ち葉の茎をくるくると指で回しながら、燦が問う。

(うわ、なんて答えよう)

 久遠は毎晩、燦と手を繋いで寝ている。
 久遠自身が眠りにつかないと夢見ができないのだと気が付いてからは、燦が眠るのを待たずにさっさと自分も眠るようにしている。しかし今のところ、そんな細かな工夫もすべて、徒労に終わっている。

 燦の夢に入り込むことができた日もなくはない。
 だが、その夢の内容をはっきりとは言い表せない。
 なんとなくこんな感じの夢、くらいの程度である。

「どんな夢が見えている?」
「物語のように何か話が繋がっているのではなくて、断片的な記憶がポツポツと現れては消えていく……そんな感じですね」
「涙を流すような悲しいこともあったのか?」
「え?」

 小豆餅を持ったまま、久遠は仰向けの燦を振り返った。

「僕、泣いてましたか?」
「ああ。泣いていた。あれは俺の夢を見て泣いたのか?」
「覚えていません。燦様はいつも、悲しい夢を見ているのですか?」
「……いや。ただ時々、昔のことを思い出すだけだ」

 久遠から目を逸らし、燦は眩しそうに眼を細めた。夕日に手をかざして、体を起こす。

 普段の彼の振る舞いからは、涙が出るほど悲しい過去を持っているようには見えない。