初老の男は、香宵の腕から少女を取り上げた。いきなり母から引き離された少女は、男の腕の中で泣き叫ぶ。
「早くやらねば、一葉の命の保証はないぞ! 言う通りにしろ!」
香宵は男たちを睨み上げた。
雷鳴と風の音に、衛士たちの声が混じる。宝物殿が焼け切るのが先か、衛士が駆け付けて男たちを捕らえるのが先か。
とにかく、もう迷っている猶予はない。
香宵は唇を噛み、目を閉じた。
「……分かりました。まずは一葉を連れてお逃げください」
「一葉を? では、蘇芳姫はどうする」
「蘇芳の亡骸には火輪剣が刺さっています。義父上にこの剣を渡すわけには参りません。皆の記憶を消すほどの才を使えば、私も力尽きて動けなくなりましょう。ですから、私は蘇芳と共にここに残ります。一葉を連れて行ってください。それが霧中の才を使う条件です」
「……記憶を消すと約束するのだな?」
「はい、必ず。その代わり、一葉のことをお守りください」
「分かった。しかし、其方が約束を違えた時には、一葉の命はどうなるか分からんからな」
吐き捨てるように言うと、男たちは少女を抱いたまま走り出す。衛士の目から逃れるため、火から離れて屋敷の裏手に向かった。
燦は、建物の陰から飛び出した。
(母上の側に行かねば、火が……!)
母は体に刺さった火輪剣を握ったまま倒れ、その体には雪が降り積もっている。
天を見上げて何かを懸命に唱えていた香宵が、走り寄る燦の存在に気が付いた。
「……燦!」
香宵が燦の名を呼ぶ。
燦のほうはこの女を知らない。彼女がなぜ自分の名を知っているのか分からなかったが、そんなことは今、どうでもよかった。
「母上、母上! 死なないで!」
これまで堪えていた涙が一気に溢れ出す。
宝物殿から風で煽られた火が、横たわる母のすぐ側まで迫っていた。
「燦、聞いて!」
「うわああっ! うるさい! どっか行け!」
「しっかりするのよ、燦。大切な話がある。もう時がないの」
「だって、母上が……!」
「母のために、私の話を聞きなさい!」
体を煤だらけにした香宵が、泣き叫ぶ燦の頬を平手ではたいた。
燦は雪の上に尻もちを突く。混乱から我に返り、涙が引っ込んだ。
「早くやらねば、一葉の命の保証はないぞ! 言う通りにしろ!」
香宵は男たちを睨み上げた。
雷鳴と風の音に、衛士たちの声が混じる。宝物殿が焼け切るのが先か、衛士が駆け付けて男たちを捕らえるのが先か。
とにかく、もう迷っている猶予はない。
香宵は唇を噛み、目を閉じた。
「……分かりました。まずは一葉を連れてお逃げください」
「一葉を? では、蘇芳姫はどうする」
「蘇芳の亡骸には火輪剣が刺さっています。義父上にこの剣を渡すわけには参りません。皆の記憶を消すほどの才を使えば、私も力尽きて動けなくなりましょう。ですから、私は蘇芳と共にここに残ります。一葉を連れて行ってください。それが霧中の才を使う条件です」
「……記憶を消すと約束するのだな?」
「はい、必ず。その代わり、一葉のことをお守りください」
「分かった。しかし、其方が約束を違えた時には、一葉の命はどうなるか分からんからな」
吐き捨てるように言うと、男たちは少女を抱いたまま走り出す。衛士の目から逃れるため、火から離れて屋敷の裏手に向かった。
燦は、建物の陰から飛び出した。
(母上の側に行かねば、火が……!)
母は体に刺さった火輪剣を握ったまま倒れ、その体には雪が降り積もっている。
天を見上げて何かを懸命に唱えていた香宵が、走り寄る燦の存在に気が付いた。
「……燦!」
香宵が燦の名を呼ぶ。
燦のほうはこの女を知らない。彼女がなぜ自分の名を知っているのか分からなかったが、そんなことは今、どうでもよかった。
「母上、母上! 死なないで!」
これまで堪えていた涙が一気に溢れ出す。
宝物殿から風で煽られた火が、横たわる母のすぐ側まで迫っていた。
「燦、聞いて!」
「うわああっ! うるさい! どっか行け!」
「しっかりするのよ、燦。大切な話がある。もう時がないの」
「だって、母上が……!」
「母のために、私の話を聞きなさい!」
体を煤だらけにした香宵が、泣き叫ぶ燦の頬を平手ではたいた。
燦は雪の上に尻もちを突く。混乱から我に返り、涙が引っ込んだ。

