火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「……やっぱり雨だ。嵐が来る。どこかの空き家に入るしかない」
「許しなく立ち入ってもいいのですか?」
「誰にも見つからなければいいだけです。さあ、早く!」

 立ち上がって手を差し出すが、女はそれ無視して横を向く。卑しい者の手に触れてやるものかという(かたく)なな態度に、久遠は(あき)れてはあっと息を吐いた。

 家と家の間の細い隙間を横歩きで進むと、しばらく行ったところに古い納屋があった。
 音を立てないようにそっと戸を開き、そのまま一歩中に入る。そこには、(ほこり)をかぶった農具が積み重なって収められていた。

 これから嵐が来ようという時に、農具を取りにくる者などいないだろう。この場所なら少々雨宿りに使わせてもらっても、障りはなさそうだ。

「さあ、あなたも入って」
「……」
「じきに嵐が来ます。濡れたくなければ早く」
「でも……」

 白藍の袿の女は下を向いたまま、じりじりと後退さる。
 何をそんなに躊躇(ちゅうちょ)することがあるのかと少し考えて、久遠ははっとした。

(そうか、この格好だからか)

 久遠が身に付けているのは男物の覡服だ。彼女にとってみれば、野盗に襲われるのも、久遠に納屋へ連れ込まれるのも、同じくらい恐ろしいこと。

(なんだ、早くそう言えばいいのに)

 怯えた態度の理由が分かれば、あとは簡単だ。久遠は納屋の入口近くで俯く彼女の両手を取り、優しい笑みを向けた。

「大丈夫。こんな格好をしていますが、僕は女です」
「……え?」
「どうしたら信じてくれます? 脱いで見せてもいいけど……大人の男にしては小柄だし、高い声も出ます。こんな男、なかなか珍しいでしょう?」
「え、ええ……会った時から、女のような方だなとは思ったけれど……」
「色々と都合があって、こんな格好をしています。ほら、見て下さい。このひょろひょろの手首と腕」