火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 父がいて、母がいる。
 朝が来れば目を覚まし、夜になれば眠りにつく。
 それが当たり前のことで、いつまでも続くのだと、日紫喜(ひしき)(さん)は信じて疑わなかった。

 ――あの日、日紫喜邸の裏にある宝物院(ほうもついん)で、とある光景を目の当たりにするまでは。
 
 雪の降る夜だった。
 昨日までとは打って変わって、凍えるような寒さが都を襲った。夜中に目を覚ました燦は、あまりの寒さに寝台の上で震えた。

『十歳になったら、母とは離れて一人で眠るのですよ』

 その言いつけを守って、燦は今年から自分の寝室で休むことにしている。四つ年上の兄――耀(よう)も、十歳からは一人で寝ていたと聞いた。負けてはいられない。

 外からは、雪の降るような音が聞こえる。
 立ち上がって連子窓を開けると、屋敷の外は一面の雪景色だった。

(寒い……今夜だけなら、一人で寝なくても許してもらえるかな?)

 この寒さと静けさの中、もう一度眠れる気がしない。母の寝台に潜り込んで温もりたい。
 母だって、本心では燦と共に寝たいのだ。夜中に母の寝室を訪ねても、一度だって燦を拒んだことなどないではないか。
 明日は早起きして、兄が起きてくる前に、こっそり自分の寝室に戻ってしまえばいい。そうすれば、「燦はまだ子どもだな」と揶揄(からか)われることもないだろう。

 裸足で歩く廊下は氷のように冷たい。炎武(えんぶ)の才を使えば、少しは体を温められるだろうか、とも考えたが、幼い燦はまだ一人で才を使うことを禁じられている。
 兄よりも自分のほうが、よほど炎武の才を上手く使えるのに……と、不貞腐(ふてく)れた顔をして、燦は母の寝室の戸をそっと開けた。

(あれ? 母上がいない)

 母の寝台はも抜けの空だった。しかし(しとね)に触れてみれば、まだ温もりがある。
 (かわや)にでも立ったのかと思ったが、なぜか燦の胸の奥では、ざわざわと嫌な予感がした。