火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 炎武の才――十六夜家にとっての、夢見の才のようなものだろうか。

 形を成さないはずの炎が、剣となる。燦が目の前を通り過ぎた時に熱を感じたのは、炎でできた剣が発したものだったのだ。

(燦様は、僕を都に連れ戻そうとしている。父上に剣を向けてまで)

 久遠はこれまで、十六夜家に縛り付けられてきた。
 男装を強いられ、小間使いとして家族からも虐げられてきた。その十六夜から、離れる――そんな道があったなんて、考えたこともなかった。

「次は袍だけではすまない。腹に傷を付けてもらいたくなければ、久遠を渡せ」
「渡す? なぜですか?」
「俺の夢見をさせるからに決まっているだろう」
「ですが!」

 父が言い返すと、燦はその場で一度、剣を振るった。
 離れた場所にいる久遠にも、太刀筋から発せられる風と熱が伝わってくる。

「十六夜よ。先日から不思議だったのだ。ただの見習いであるなら、久遠を手放したくない理由はなんだ? 誰にも言えない事情でもあるのか?」
「そ、そんなものはありませぬ……!」
「では、この話は終わりだ。久遠、来い。都に戻るぞ」
「え? えっと……?」
「一人で歩けるか? この先に車を待たせてある」

 そういうと、燦はつかつかと久遠に近付き、抱き上げた。
 息を呑む久遠の背後では、父と兄の悔しそうな呻き声が遠ざかっていく。

「あの、燦様! 僕、自分で歩けます。王に運んでもらうなんて、恐れ多くて」
「遠慮するな。怪我をしている」
「殴られたのは顔だけです」
「お前は軽すぎて、抱いていてもいなくてもそう変わらん。もう少し食べて太れ。それとも、十六夜家ではいつも先ほどのように殴られ、食事も満足にもらえなかったのか?」

 燦の言葉は淡々としているが、確かな怒りが滲んでいた。

「……いえ、虐げられたというのは大げさです。僕を闇から助けてくれたのは、十六夜家ですから」

 暗くて狭い蔵の中から久遠を引っ張り出してくれたのは、十六夜の祖父だ。
 祖父が来てくれなければ、久遠は蔵の中で恐怖に怯えながら命を落としたはず。

(だから、僕はこれまで十六夜に忠実に仕えてきて……)

 今さらになって、久遠の体が恐怖で震え始める。

 久遠は十六夜家を裏切った。里に連れ帰ろうとしていた父の意に背き、燦に付いてきてしまった。