火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 熱の行き先に目をやると、巻き上がる風の中、日の光を浴びた黒髪がなびくのが見えた。

 久遠を蹴ろうと足を振り上げていた父は、まるで時が止まったかの如く呆然と立ち尽くしている。すると、ほんの少し時を置いて、(ほう)の腹の部分が上下に真っ二つに裂け、ひらりとその腹が(あら)わになった。

「……え?」

 父も兄も、そして久遠も、一瞬の出来事に言葉を失う。
 誰かが通りすがりに父を斬ったのか? しかも、体には傷一つ付けず、衣だけを。
 風がおさまる。久遠の前を通り過ぎた男の背中を見ていると、彼はゆっくりとこちらを振り向いた。

「あっ、燦……様!?」

 そこに立っていたのは、燦だった。
 右手には、剣のようなものが見える。

(剣……いや、あれは、炎?)

 剣に見えたものには実態がなく、燃える炎が剣の形に見えていただけのようだ。再び激しく吹いた風に、剣はその姿をふっと消した。

「……よく斬れる剣だ。切れ味を確かめさせてもらったよ、十六夜万葉人(まはと)

 父は名を呼ばれても動けない。斬られた恐怖に震えながら、なんとか顔だけを燦に向けた。

「燦王よ……なぜ、このようなことをなさる」
「それは俺の台詞だ。誰が久遠を十六夜の里に連れ帰っていいと言った?」
「久遠は(かんなぎ)の見習いであり、我が息子です。連れ帰るのも何をするのも、我々が決める」
「ほう。俺が仮初(かりそ)めの王だからと言って、随分と小馬鹿にされたものだ」

 燦は右手を天に向けてまっすぐ挙げた。その場に小さく風が巻き上がったかと思うと、燦の右手に炎が燃え上がる。その炎は、徐々に剣の形に変わっていく。

「……そ、それは! 火輪剣(ひのわのつるぎ)!?」
「まさか! 火輪剣は日紫喜家の宝物。こんなところに持ち出すものか」
「それでは、その剣は……」
「これが日紫喜家の、炎武(えんぶ)の才だ」