火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 十六夜の里に続く街道には、人気(ひとけ)がない。見渡しても田畑しか見えないこの場所では、殴られて大声を出しても、久遠を助ける者は誰一人いなかった。

「烽火家と内々に話をつけたばかりだったのだ! 烽火の姫を新王の后に推すと!」

 久遠の口元から顎に、つうっと血が流れる。

 父の話は茶番だ。烽火どころかほかの主家もすべて、燦の后を輩出することに二の足を踏んでいたではないか。
 なぜ急に気が変わったのかと尋ねたかったが、殴られた痛みで口が上手く回らず、すぐには言葉が出てこない。

「父上。久遠のせいで我々の計画が水の泡です」

 兄が媚びたような声を出す。
 久遠は手の甲で口の端を拭い、なんとか声を絞り出した。

「僕の夢見が……間違い、でしたか?」
「夢見の正誤などどうでもよいわ! お前はまだ駆け引きというものを知らぬ。五主家の間には力関係がある。事情を知らぬくせに、しゃしゃり出てかき乱すな!」
「しかし、父上……!」

 倒れた久遠が立ち上がれずにいると、父が地面を踏みしめるように一歩一歩大股で近付いてきた。

(蹴られるっ……!)

 痛みに備え、久遠は腹に力を入れて目を閉じる。
 その時――一瞬、久遠の閉じた目の前を一陣の風が吹いた。
 空を二つに斬るような、一筋の熱が残る。

(これは、燦様の夢に見たのと同じ光――)