火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 そうすれば日紫喜家の王は、その他の四主家から后を迎えることとなる。日紫喜家だけが大きな力を持つことのないように――という天意であった。

 四主家は天の意に従い、各家の力の均衡を保つため、「二代続けて同じ主家から后を輩出しない」という決まりを作った。それから数百年の時が流れたが、五主家の間に大きな諍いは起こっていない。

 そんな綺羅ノ国の片隅で暮らす久遠は、十六夜家の次男。
 生家である十六夜家は五主家には含まれていないが、ここ十六夜の里を領として与えられている。代々受け継がれる夢見の才(・・・・)を使い、(かんなぎ)として各主家に仕える祭司の家系だ。

 綺羅ノ国には、日紫喜の王によって、かつてないほどの平穏がもたらされた――久遠を含め、誰もがそう信じて疑わなかった。

 昨年即位したばかりの若き王の名は、日紫喜(ひしき)耀(よう)
 そしてその后は、風主・和暮(わぐれ)家の姫、花緒(はなお)である。

 野盗から逃れて物陰に身を隠したこの時の久遠は、自分のすぐ横で怯えている白藍の袿の女が、現王の后――日紫喜(ひしき)花緒(はなお)であることなど知る由もなかった。


「……ここまで逃げれば……もう大丈夫な……はず……」

 狭い路地を全力で走って逃げたので、久遠の息はすっかり上がっている。
 民家の裏の壁に背中を預け、へなへなと地面に座り込んだ。

「助けていただいて、ありがとうございました……あの……手を離していただいても……?」

 久遠と同じく息が上がった様子の女は、顔を伏せたまま淡々と言った。紺瑠璃(こんるり)の質素な麻袴(あさばかま)を身に付けた久遠を見て、自分とは明らかに身分が違うと察したのだろう。

 せっかく野盗にやられる危険を冒して助けてあげたのに……という口惜しさを抑え、久遠は握っていた女の手を離した。

 野盗からは上手く逃げられたが、奴らがそう簡単に諦めるとは思えない。きっとこの辺りをまだうろついているだろう。

(もう少しこの場所に隠れてじっとしていたほうがいいな)

 そう思って両膝を抱えた久遠の手の甲に、ぽつりと一滴、雨粒が落ちた。