火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 かすかな記憶の中で、久遠は自分が女であると知っていた。が、祖父を名乗るこの男に抵抗すれば、久遠に前途(みらい)はない。

 男装し、堂々と日の光の下を歩かせてもらえるようになったのは、七、八歳くらいの頃だったと思う。もっとも、自分の年が本当にその歳なのかどうかも、確かめようがなかった。

 あの時、祖父の言うことを聞かず、蔵から出られなかったとしたら……今頃、どうなっていただろうかと思う。
 自分は男だ。そう信じ込んだ。そうしなければ、再び蔵に戻される。
 だから、なぜ女として生きることを許されなかったのか、祖父や父に尋ねることはできなかった。もう二度と、あの暗くて孤独な蔵には戻りたくないからだ。

「うっ……」

 過去の辛い記憶のせいで、久遠の口から嗚咽が漏れた。
 今、燦の寝室も、蔵の中と同じく闇に包まれている。
 あの時と違うのは、背中に感じる、燦の温もりだ。



 ――一筋(ひとすじ)の光が走って、消えた。
 一瞬のことだ。稲妻のようでもあり、剣の太刀筋のようでもある、一本の光。

 その光が消えたあと、久遠の目の前にぼんやりと浮かんだのは、美しい領巾(ひれ)をなびかせた髪の長い女の横顔だった。どことなく懐かしい、その女に会ったことがある。そう感じた。

(振り向いて、こちらを見て)

 その女が誰なのか、確かめねばならないと思った。
 しかし、声が出ない。喉から絞り出そうとするが、息が詰まるばかりである。

 ふと、その女の胸元が光った。眩しさに、思わず目を背ける。光に手をかざして眩しさを避けながら、久遠は彼女のほうに走った。
 地を蹴ろうとするが上手くいかない。まるで水の中を進むような感覚で、いつまで経っても女には近付けない。

 周りには白い靄。少しずつ広がる靄に包まれ、女の姿は見えなくなった。
 唯一最後まで見えたのは、女が胸元に抱く、()、だった――。



 翌朝。久遠が心地よい温もりに身を任せて微睡(まどろ)んでいると、突然額に鋭い痛みが走った。

「……痛ッ!」
「おい、そろそろ起きろ」
「え? あれ?」

 見慣れない天井に驚いて、久遠は飛び起きた。寝台の上、隣には横たわったまま肘を突き、久遠を睨みつける燦の顔がある。

「うわっ、燦様!」