火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 今思い起こしてみれば、久遠が嵐を恐れるようになったのは、その頃の記憶が原因かもしれない。

 昼なのか夜なのかも分からない、闇に包まれた蔵の中。
 時を教えてくれるのは、天井近くにある小さな明かり()りから差す朝日だけ。
 真っ暗な蔵の外では何事もなかったように時が流れているのだということを、久遠はその光を見て知った。

 久遠のほかには、蔵の中には誰もいない。

 なぜ自分だけがこんなところに閉じ込められているのか。
 自分は何者なのか。名はなんなのか。
 これからどうすればいいのか。
 誰も教えてくれない、何も分からない。

 恐怖と空腹に怯えながら耐え、何日か経ったある日のこと――蔵の外で、風が大きく音を立てて吹き始めた。そう時を置かず、激しい雨も降り始める。
 外の世界を知らないはずなのに、なぜだか久遠には、それが()なのだと分かった。
 蔵の壁が、風にギシギシと音を立てながら揺れる。久遠の背中には、激しく雨粒が打ち付けられる振動が伝わってくる。
 久遠はただ恐怖に泣き叫び、体を小さく丸めて嵐が通り過ぎるのを待った。

 嵐の翌朝――涙で目を腫らした久遠の肩を、何者かが力いっぱい掴んだ。驚いて顔を上げると、髪に白いものが混じった初老の男性が目の前にいた。

『早く起きろ』
『あなたは誰……?』
『……記憶は、残っていないのだな?』
『記憶? 何も』
『私はお前の祖父だ。お前の名は、今日から十六夜(いざよい)久遠(くおん)。分かったか?』

 そんな言葉を交わしたあと、粗末な男物の服を手渡された。

『お前は男だ、男として生きていけ』――そう言われ、男装を強いられた。口調や振る舞いが男らしく見えるまで、蔵から一歩も外に出さないと告げられた。